【いばらき春秋】

水戸芸術館長の小澤征爾さんは、若き指揮者として武者修行した時代を著書に書いている。米国で尊敬する指揮者に師事し、無我夢中で教えを請うた。活気あふれる街では、師匠の演奏会も毎日開かれた。披露された一曲はベートーベンの交響曲第9番。第4楽章「歓喜の歌」の合唱に潜り込んで、一緒に歌った。「そうせざるを得ない気持ちになった」。音楽を心底から楽しんだ日々を振り返る

▼それから約60年後の2017年、水戸室内管弦楽団で第九の指揮棒を振った。病を克服しホールに立つ姿はファンを感動させた

▼師走の風物詩、第九の市民による合唱が、水戸やつくばなどで予定される。コロナ禍を経て、参加者は最後の練習に励んでいることだろう

▼歓喜の歌の中に「全ての人々は兄弟になる」という歌詞がある。崇高な詩と楽曲は時代を超えて心を揺さぶる

▼今年ほど共感を覚える年はないのではないか。ウクライナはロシアの侵攻で今なお苦しむ。パレスチナ自治区ガザでは、イスラエル軍とイスラム組織ハマスが7日間の休止を破り戦闘を再開した

▼砲撃におびえ、歌いたくても歌えない人たちがいる。音楽に触れる喜びを一日でも早くつかんでほしい。合唱隊と共有したい思いである。(綿)