2017年11月14日(火)

“日本一”を誇る焼き芋戦略 試行錯誤20年、所得格段に向上

JAなめがた、農林水産祭で天皇杯

店頭の電気オーブンで焼いた芋が小売店で1年中販売されている=行方市玉造甲
店頭の電気オーブンで焼いた芋が小売店で1年中販売されている=行方市玉造甲

全国有数の生産量を誇る茨城県のサツマイモを使った焼き芋に情熱を注ぐJAなめがた甘藷(かんしょ)部会連絡会のメンバーたち。今や1年を通じてスーパーなどで目にする電気オーブンによる焼き芋販売の仕掛け人でもある。栽培から貯蔵、販売まで独自の戦略を確立。農家所得も格段に向上させた。この功績が認められ、同連絡会は、農林水産関係で最高位の農林水産祭天皇杯(多角化経営部門)受賞が決定。“日本一”を誇る“焼き芋戦略”に迫った。(行方支局・三次豪)

■失敗してもいい

1990年代後半、景気低迷の影響でサツマイモの消費や販売価格が低下し、農家はあえいでいた。生で食べられず簡便性の低いサツマイモは、ジャガイモのように加工品も少なく、ファストフード台頭の影響もあって、店頭に並ぶイモの多くが廃棄されていた。

そんな苦境の中、当時、同JA園芸流通課長だった棚谷保男組合長(63)は、イベントで試しに販売した焼き芋に長い行列ができていることに気付いた。「これだ」。当時はまだ引き売り販売が主流で高価な印象が強かった焼き芋だが、その需要を確信。店頭で調理し安く売る方法を考えた。クリアしなければならない課題は山積していたが、棚谷組合長らは「たとえ失敗しても、落ちる一方の現状よりいい」と産地が一丸となった。

■おいしさ数値化

長年、サツマイモ栽培を続けてきた同連絡会の箕輪秋雄会長(63)は、挑戦を重ねた当初を振り返る。2003年、仲卸業者や小売店と協力してスーパーの店頭に大型電気オーブンを導入。1年目は売れたが、2年目は収穫時期の違いなどでイモの味にばらつきが出て売れ行きは不振。通年出荷を目指した貯蔵の失敗で「倉庫まるごとイモを腐らせたこともあった」。

それでも、失敗を含めてデータを全て記録し、食味や成分分析でおいしさの数値化に成功。デンプンの含有量や糖化速度の異なる3品種の栽培を確立し、通年出荷の体制も実現した。

甘みを生み出す定温貯蔵技術やきめ細かな焼き方を研究し、誰でもおいしく焼けるマニュアルも完備した。綿密なアンケート結果から「40代以下はねっとり、50代以上はほくほく」という食感の好みにも配慮。女子高生などを狙って、スイーツ感覚の焼き芋の演出にも力を入れた。

店頭販売戦略は全国に波及し、新たな焼き芋ブームを巻き起こした。同産地の栽培面積は05年からの10年間で487ヘクタールから700ヘクタールと倍増、販売金額は年間14・5億円から36・9億円と約2・5倍に伸びた。

■食文化提案自信

焼き芋だけではない。15年、同JAは全国展開する菓子メーカー「白ハト食品工業」と提携し、廃校となった旧小学校跡地や耕作放棄地を活用し体験型農業テーマパーク「なめがたファーマーズヴィレッジ」を誕生させた。出荷基準サイズ外のイモも菓子加工用として無駄なく販売し、全体の約25%あったという廃棄イモも収益に変えた。

最近では、東南アジアでの焼き芋試食販売も試験的に実施。本年度中には、焼き芋マニュアルの英語版を作り、アメリカやカナダへも進出する方針。

サツマイモが売れなかった昔を思い起こしながら、箕輪会長は「天皇杯を受賞できるなんて夢にも考えなかった。高齢化が進む中でも若手を育て、女性部員の提案も参考にし、これからも産地を育てていきたい」と話した。棚谷組合長も「私たちは新しい食文化を提案できた」と胸を張った。

★焼き芋ブーム
第1次焼き芋ブームは「甘くて安い」と庶民に広まった江戸時代後期、第2次は明治時代に人気を博した京都のつぼ焼き、第3次は戦後の出稼ぎによる引き売り販売、第4次はJAなめがたが火付け役となった焼き芋の店舗販売の拡大-とされている。

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