2018年7月11日(水)

100回目の夏・球児への伝言 (6)
元プロ野球監督 安藤統男さん

練習はうそつかない

土浦一で夏の甲子園に出場した元阪神監督の安藤統男さん=兵庫県宝塚市内
土浦一で夏の甲子園に出場した元阪神監督の安藤統男さん=兵庫県宝塚市内

1957年8月15日。甲子園に土浦一の校歌が流れる中、スコアボードのポールに勝利を告げる校旗が揚がった。主将を務めていたのは元阪神監督の安藤統男(もとお)(79)。今もなお鮮明に覚えている場面だ。

入学すると、後に取手二と常総学院で全国制覇を達成する木内幸男が指導者だった。取手二に移る2年生まで教えを受けた。「スパルタではなく、管理され過ぎず、型にはめない指導が自分には合っていた」と振り返った。

物がない時代。貴重な硬式ボールは古くなると、縫って使った。練習中に水を飲むのは厳禁。「監督に『トイレに行く』とうそを言って飲みに行った」と懐かしんだ。

高2の夏。土浦市内の野球部の各主将を甲子園に連れていく企画があった。名物「かちわり氷」を持って外野スタンドから観戦。何の根拠もなく、「来年またここに来るんじゃないか」と予感した。

最後の夏。チームの前評判は決して高くはなかったが、チームの結束は強く、あれよあれよと勝ち上がった。県大会決勝で水戸商に敗れたが、当時は群馬、栃木の3県の上位校で甲子園出場を決めていたため、茨城2位で北関東大会に進んだ。

8校が出場した北関東大会。1回戦で富岡(群馬)を破ると、準決勝は水戸商に1-0で雪辱。決勝は高崎(群馬)に対し、1点をリードされたが、七回表に一挙6点を奪って甲子園初出場を決めた。遊撃手ながら3試合とも救援でマウンドに立って締めた。真夏の連投で右肘に水がたまるほど苦しかった。ただ、優勝した瞬間は「なかなかぴんと来なかった」。

優勝を実感したのは土浦駅だ。試合を終え、列車で土浦駅に戻ると、大勢の大人たちが集まっていた。花火が打ち上げられ、みんなが笑顔だった。土浦市内から初めての甲子園出場。「俺たち、すごいことをやったんだ」。ようやくここで涙が出そうになった。

甲子園へは夜行列車で向かった。背もたれが直角の座席。通路に新聞紙を敷き寝た。

試合はプレッシャーを感じることなく戦った。初戦の和歌山商に完封勝ち。続く2回戦で岐阜商に敗れた。全力を出し切った結果だった。土浦に帰る途中、野球のため行けなかった修学旅行の代わりに京都を観光した。「とても楽しかった思い出だ」。

卒業後、慶大に進み、プロへ。引退後もコーチ、監督を務め、現在はスポーツ報知の評論家などとして活動している。「高校時代に楽しく一生懸命野球ができたことで、次につながり、今も野球に関わっていられる」と話した。

毎年7月になると、母校の結果が気になる。「俺たちの時以来、甲子園に出ていないなぁ」と少し自慢げに語った後、阪神で指導した掛布雅之を思い出した。「飲んだ後でも誰かに言われるのではなく、毎日決まって素振りをしていた。練習はうそをつかない。名選手ほど練習していた。自分の現状を理解し、自分で考えて練習してほしい」。球児の奮闘を期待した。

(敬称略)

全国・世界のニュース

2018 年
 7 月 22 日 (日)

メニュー
投稿・読者参加
サービス