2018年7月11日(水)

筑波大助教授殺害27年 五十嵐さんの業績 後世に

教え子らが追悼集発行

9日に発行した五十嵐一さんの追悼集について語る伊藤庄一さん=千葉県流山市
9日に発行した五十嵐一さんの追悼集について語る伊藤庄一さん=千葉県流山市

小説「悪魔の詩(うた)」の日本語翻訳者で筑波大助教授の五十嵐一(ひとし)さん=当時(44)=が1991年、同大構内で他殺体で見つかった事件から12日で27年を迎える。それに合わせ、五十嵐さんの教え子らが、事件への思いや故人との思い出などをつづった追悼集を発行した。五十嵐さんの人柄や功績を後世に伝え、事件の風化を防ごうとの願いを込めた。教え子の一人で、編集に携わった日本エネルギー経済研究所研究主幹の伊藤庄一さん(48)は「今後、インターネットで公開する。できるだけ多くの人に見てもらいたい」と話している。

追悼集は、伊藤さんらが、五十嵐さんと親交のあった人たちの証言などを集めて編集した。今年4月から約3カ月かけてB5判116ページにまとめた。五十嵐さんの生涯や、書物に発表した「言葉」、知人らの寄稿などを紹介している。

伊藤さんによると、五十嵐さんは「悪魔の詩」の翻訳者という側面だけが広く知られているが、生前に残した業績は多岐にわたる。五十嵐さんは十数カ国語を話し、読むことができた。イスラム思想をはじめ、数学や医学、ギリシア哲学などを研究していた。「万学の天才ということが知られていなかった。記録を残したかった」と伊藤さんは恩師への思いを語る。

9日には、都内で故人をしのぶ「回想五十嵐一氏の会」を開き、追悼集を披露、出席者約70人に配布した。「作って良かった。いろんな人の思いを伝えることができた」と伊藤さん。参加者は「彼のことを忘れない」と、口々に熱い思いを語ってくれた。

伊藤さんは「五十嵐さんは、『悪魔の詩』の全体を通読し、イスラムの冒涜(ぼうとく)の書ではないと判断したからこそ、翻訳を引き受けた。学者として、読者に正しい判断をしてもらおうとして訳したんです」と語った。 (高阿田総司)

★筑波大助教授殺害事件
イスラム教を侮辱したとして反響を呼んだ小説「悪魔の詩」の日本語翻訳者で、筑波大助教授の五十嵐一さん=当時(44)=が1991年7月12日午前8時10分ごろ、同大構内で、首などを鋭利な刃物で切られて殺害されているのが見つかった。警察は国際テロの疑いもあるとみて捜査したが、2006年に公訴時効を迎えた。「悪魔の詩」は89年に英国人作家サルマン・ラシュディ氏がマホメットの生涯を題材に描いた小説。当時のイラン最高指導者、故ホメイニ氏がイスラム教を冒涜しているとして、著者に「死刑」を宣告していた。

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