2018年8月24日(金)

古代官道、直線ルート説 那珂の高橋さん 水戸-日立間を探査

中世に本県を通っていた古代の官道「東海道」の水戸市上河内-日立市大みか間について、那珂市の歴史学者、高橋裕文さん(70)が新たな経路を独自に調べ上げた。新説は、同市教委発行の冊子「中世那珂台地の川と道」に発表。高橋さんは「この発表を機に、郷土史に興味を持ってくれる人が増えてくれれば」と話す。


古代官道は飛鳥時代から平安前期までに中央政府が整備。中央と地方諸国を結ぶ7本の幹線道路で、現在の高速道路に相当する。外交、軍事が目的で、道幅が広く直線的なのが特徴。

官道「東海道」は本県を南北に貫通。水戸市上河内-日立市大みか間の約20キロについては諸説があり、有力説は那珂市額田から同市本米崎に向かい、久慈川を渡って大みか町に抜けるルート。

高橋さんは「官道は直線。わざわざ不必要な遠回りをするはずがない」と疑問を抱き、2地点を直線で結ぶルートを探査。那珂市、ひたちなか市、東海村で現地調査を進めてきた。

注目したのは古代の官道にまつわる地名。那珂市後台の「駒潜(こまぐり)」は「馬をやり繰りする」意味があるという。ひたちなか市佐和の「孫目(まごめ)」は馬を休ませる場所「馬籠(まごめ)」と考えられた。久慈川に近い東海村亀下には「大道畑(おおみちはた)」と呼ばれる地域があり、「大道」は「官道」、「畑」は「端」に当たるという。

焦点は久慈川を渡る場所だったが、同村豊岡で河川敷へ下る坂道を見つけた。江戸時代前期の改修で河川形状が変わり、現在は坂道を下った先に水田が広がる地域。

住民によると「昔から『船渡(ふなわたり)』と呼ばれている地域。古代には久慈川が目の前を流れていた」という。さらに、豊岡周辺は遺跡が多く、坂道付近には平安後期に盛んにつくられた「経塚(きょうづか)」も現存する。「古代から人の行き来が盛んだった地域と考えられる」と、久慈川を渡った場所が同所と確信。これら地域を結び、久慈川手前まで直線経路を完成させた。

古代官道に詳しい県立歴史館首席研究員の飛田英世さん(59)は、高橋さんの新説について「官道は生活道路ではなく、最短距離で目的地を結ぶ道路。天候に左右されにくい安定した台地を通ることが多い。そう考えると合理的な解釈ではないか」と話している。高橋さんは、この区間の古代ロマンを今後も追い続けていくという。


(勝村真悟)

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