2018年9月7日(金)

額田城主の古文書発見 戦国期、家臣宛て7通 那珂市歴史民俗資料館

武将・小野崎昭通が家臣に送った7通の文書が装丁された巻物=那珂市戸崎の市歴史民俗資料館
武将・小野崎昭通が家臣に送った7通の文書が装丁された巻物=那珂市戸崎の市歴史民俗資料館

■17日から展示

伊達政宗と密約を結び、主君の佐竹氏に従わずして額田城主として独立を目指した武将、小野崎昭通(あきみち)が、家臣に送った7通の古文書が都内の古書店で発見された。現在確認できるものとしては小野崎氏が発信した唯一の文書原本で、那珂市が購入した。同市歴史民俗資料館の担当者は「戦国時代の文化財として非常に貴重だ」と位置付けている。


これまで写本や小野崎氏が受け取った書は発見されたが、小野崎氏から発信した文書の原本は見つかっていなかった。専門家の意見を聞いた市が、花押や文書の内容から本物と確認した。

古文書は巻物として装丁され、全て「木田余氏」に宛てたもの。江戸時代の伝承史料「額田城陥没之記」に家臣として「木田麻利右馬之介」が登場することから、同館は同一人物とみている。文書の内容は土地や役職を与える内容で重用していた様子がうかがえる。

小野崎氏は佐竹氏の家臣でありながら自主性が強く、しばしば佐竹氏に反抗を繰り返していた。南進していた伊達政宗は小野崎氏に同盟を持ち掛ける密書を1589年に送っていた。

今回発見された古文書の年代は87〜90年で、佐竹氏の常陸国統一が実現する直前。豊臣秀吉が90年5月に小田原城を攻め、佐竹氏も参陣し常陸国の領国支配を認められた。

同年12月に佐竹氏は江戸氏の水戸城を攻略し、続いて大掾(だいじょう)氏の府中城も落とした。91年2月には南方三十三館主謀殺が起きる。続いて同月に額田城も落城する。

小野崎氏は伊達政宗を頼って陸奥国へ逃げ生き残る。佐竹氏の秋田国替え後、水戸藩に仕え、額田九兵衛を名乗った。

市歴史民俗資料館は17日から23日まで特別展示「小野崎昭通からの手紙」を開催する。

17日午後2時からは同市古徳の市総合センターらぽーるで歴史フォーラム「佐竹にあらがった猛将・小野崎昭通からの手紙」を開く。茨城大人文社会科学部の高橋修教授らが文書の意義などを解説する。(清水英彦)

武将・小野崎昭通が拠点とした額田城跡。歩道が整備され散策ができる=那珂市額田南郷
武将・小野崎昭通が拠点とした額田城跡。歩道が整備され散策ができる=那珂市額田南郷

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