2018年11月14日(水)

大子・ドイツ人陶芸家 故クナッパーさん宅 茅葺き屋根ピンチ 娘ウテさん ネットで補修費募る

父クナッパーさんが愛した茅葺き屋根の自宅前に立つ長女のウテさん=大子町塙
父クナッパーさんが愛した茅葺き屋根の自宅前に立つ長女のウテさん=大子町塙

祖国ドイツから大子町に移住し、陶芸家として活躍した故ゲルト・クナッパーさん。今、彼が居宅として長年愛し続けた古民家が危機にひんしている。茅葺(かやぶ)き屋根の補修に多額の費用がかかるためだ。長女のウテさん(46)は「父は『この素晴らしい日本の建築文化を残さなくては』と言い続けていた。その遺志を受け継ぐのが私の役目」と、一部費用の捻出へクラウドファンディングを開始、賛同者の善意を募っている。

クナッパーさんは1967年に来日。栃木県益子町で築窯し、71年に第1回日本陶芸展文部大臣賞を受賞。75年に大子町塙の現在地へ移住。創作活動と国内外での作品展に打ち込み、2012年に69歳で死去した。

居宅となった茅葺きの古民家は、クナッパーさんが知人に案内されて「一目ぼれ」した物件で、購入を即決したとされる。江戸時代末期に建てられた庄屋屋敷で、当時、廃屋になって10年以上が経過し、荒れ放題となっていた。

移住後、大掛かりな屋根の葺(ふ)き替えを行った時は、デザインをクナッパーさん自身が設計。出窓を屋根に設ける西洋建築スタイルで、自らも屋根に上り工事に携わった。

ウテさんによると、当時は集落に「結(ゆい)」と呼ばれる共同互助作業制度が残っていた。屋根葺きなどたくさんの労力と材料を必要とする際、集落の住民が相互に助け合うもので、クナッパーさんにも多くの人たちが協力。今に比べれば安い費用で葺き替えができたという。

それから約40年。屋根の傷みは既に限界にきているという。クナッパーさんが存命の時は、毎年「差茅(さしがや)」という部分修復を行ってきた。しかし今は、それすらままならない状態。頼みの「結」は、人口減少や高齢化で消滅同然の状態。専門の茅葺き職人に頼まなくてはならなくなった。

そこで「日本の建築文化を残さなくては」という父親の考え方に共鳴していた宮城県の業者に相談。費用の一部をクラウドファンディングによって集めることにした。目標金額は150万円で、募集終了は12月17日の午後11時。目標額に達しなければ、全額返金となる。現在集まっている金額は86万6千円(11月13日現在)。

ウテさんは「まだ常磐道もなかった頃、それでも週末になると東京から何時間もかけ、たくさんの人たちがこの家にやって来たことが、楽しい思い出として残っている。そうした癒やしの場所として、この茅葺きの古民家を存続させたい」と、寄付を呼び掛けている。詳細はインターネットの「レディーフォー ゲルト・クナッパー」で検索を。(藤崎和則)

故ゲルト・クナッパーさん
故ゲルト・クナッパーさん


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