2018年12月31日(月)

ポツダム宣言 本紙号外 都内の収集家・羽島さん発見

欠損なく状態良好

見つかった1945年8月15日付の茨城新聞「号外」
見つかった1945年8月15日付の茨城新聞「号外」

第2次世界大戦において連合国側が日本に対し無条件降伏することを迫ったポツダム宣言を受諾したことを報じる「茨城新聞」の1945(昭和20)年8月15日付の号外が見つかった。同年8月2日の米軍水戸空襲で茨城新聞本社屋が焼失して新聞発行ができず、同年10月11日付の再発行まで臨時として「号外」を印刷、配布し続け紙齢をつないだ。この間の号外紙面はこれまでの調査で確認されておらず、初めての発見になるとみられる。


号外を見つけたのは東京・目黒の新聞資料収集家で、東洋文化新聞研究所代表の羽島知之さん(83)。約70年にわたり、江戸時代の瓦版や明治から今日までの新聞や号外など、当時を知る貴重な紙媒体の資料10万点以上を集めている。

今年8月、都内の神社で行われた骨董(こっとう)市で、売られていた骨董品の一つに号外があるのを発見した。

羽島さんは今回の号外のほかに、社屋焼失で新聞発行できなくなった後の再発行第1号の同10月11日付紙面も94年に都内の古書店で見つけている。

今回見つかった号外は、縦約19センチ、横約27センチと小さなサイズになっており片面印刷。薄茶色の紙にはいくつかの染みが付いているものの状態は良く、破れや欠損がない。ほぼ全ての文字を読むことができる。

戦時中、政府は言論統制を強化。新聞は1県1紙に統一され、各県とも地方紙にその県で発行する全国紙を合同させた。号外には、茨城新聞の題字下に「讀賣報知」「毎日新聞」「朝日新聞」3紙の名前が記されている。

見出しには「ポツダム宣言受諾御宣示」「畏くも詔書御放送遊ばさる」と書かれ、昭和天皇が終戦前日の14日、連合国側に同宣言受諾を通告したことを報道している。

上段には昭和天皇が玉音放送で読み上げた詔書が、下段には「特に戦死者戦災者の遺族及傷痍軍人の援護については国民悉(ことごと)く力を效(いた)すべし」などと書かれた鈴木貫太郎首相名の「内閣告諭」が掲載されている。

「茨城新聞125年史」(茨城新聞社発行)などによると、米軍空襲後は水戸市の県庁記者クラブ内に仮事務所を設置。10月上旬まで近くの印刷所で「号外」を印刷し、本紙再発行までをつないだ。だが、社内に号外は残っていなかった。

羽島さんは、8月15日に号外を発行した社は少なく全国的にも希少とした上で、「社屋が焼けても報道の使命を果たそうとした当時の人たちの熱意を感じられる貴重な資料だ」と話した。 (高岡健作)

1945年8月15日付茨城新聞号外の内容を説明する羽島知之さん=都内
1945年8月15日付茨城新聞号外の内容を説明する羽島知之さん=都内


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