2019年6月3日(月)

城里・「徳化原古墳」発掘 東西37メートルの長方墳 柱穴列確認 階段ピラミッド形状か

上下逆さまになっている石室羨道部の石=城里町北方の徳化原古墳
上下逆さまになっている石室羨道部の石=城里町北方の徳化原古墳

城里町と茨城大学考古学教室が2018年度から連携して実施している同町指定史跡「徳化原(とっけはら)古墳」(同町北方)の発掘調査で、同町と同大は5月31日、成果報告を行った。同大によると、古墳の規模は従来の説より大きい、東西約37メートル、南北約23メートル以上の長方墳であることが判明。トレンチ(試掘坑)の中に柱穴列が確認され、柱が施工時の割り付けくいまたは土留め境界くいに使われていたと考えられるため、階段ピラミッドのような形状だった可能性が指摘された。

徳化原古墳は、7世紀半ば以降の古墳時代終末期のものとみられている。那珂川右岸の台地状にあり、県埋蔵文化財センターの北側に隣接する。特徴の一つが石室部分が完全な形で保存されている点。石室は横穴式石室といわれるもので、玄室(遺体を納める室)と羨道(えんどう)(玄室へ通じる道)の部分からできている。

調査は、16年度に県埋蔵文化財センターが旧北方小学校校舎に開設されたことに伴い、センターに隣接する古墳の保存・活用事業の一環として実施。同町が同大に委託する形で18年度から3カ年度計画で進められている。

19年3〜5月に行った第1次調査は、古墳の東西南北4カ所にトレンチを設けて墳丘と周溝の形状や規模を把握することや、東日本大震災で破損した石室の補修状況の確認などを目的とした。

成果報告によると、1984年に旧桂村が行った調査では約35メートルの前方後円墳または方墳の可能性が指摘されていたが、今回の調査で従来説より大きい、東西約37メートル、南北約23メートル以上の長方墳になることが判明。石室の羨道部の石が上下逆さまになっていることも分かった。

さらに、西側と北側のトレンチには直線的な柱穴列を確認。計画性・企画性が高い位置関係にあることから、古墳施工時の割り付けくい、もしくは土留め境界くいの可能性を示した。

同大考古学教室の田中裕(ゆたか)教授は「終末期古墳の周溝は傾斜が急なものが知られているが、徳化原古墳も同様に急傾斜。土留めを用いれば急な段築も可能になり、よって階段ピラミッドのような長方墳が古墳時代終末期に特有の形だった可能性も考えられる。今後の調査でさらに確かめていきたい」としている。

問い合わせは城里町教育委員会生涯学習グループ(電)029(288)3135
(沢畑浩二)

徳化原古墳の想像図(田中裕教授作成)
徳化原古墳の想像図(田中裕教授作成)


次の記事:常磐道あおり傷害事件 取手署に移送

全国・世界のニュース

2019 年
 8 月 20 日 (火)

メニュー
投稿・読者参加
サービス