2019年6月26日(水)

元鉾田一監督 天野清二さん悼む 甲子園3度導く 茨城県高野連でも尽力

全国高校野球選手権茨城大会で鉾田一高を2度目の優勝に導き、胴上げされる天野清二監督=1982年7月31日、水戸市民球場
全国高校野球選手権茨城大会で鉾田一高を2度目の優勝に導き、胴上げされる天野清二監督=1982年7月31日、水戸市民球場

鉾田一高野球部を春夏3度の甲子園に導き、茨城県高野連理事長も歴任した天野清二さんが21日、亡くなった。77歳。名将の訃報に、関係者から悲しみの声が聞かれた。

天野さんは北海道函館市出身。下館一高の監督を経て鉾田一高に赴任すると、1976年春に同校を初の甲子園に導いた。同年夏、82年夏にも甲子園に出場。98年から4年間、県高野連理事長を務めた。99年から2年間は、関東高野連の理事長も歴任した。

76年春の選抜大会初戦でノーヒットノーランを達成した戸田秀明さんは「熱い人だった。一生懸命、休みなしに練習に付き合ってくれた」と懐かしんだ。同年夏に勝てなかったことが心残りだといい、「生まれ変わったら、また先生の下で同じメンバーで野球がしたい。だから待っていてほしい。今度は勝ちますから」と呼び掛けた。

県高野連の榎戸努専務理事は「念願の海外遠征の実施など、本県高野連のために非常に尽力なさった方。私の兄も下館一高時代にお世話になった。こんなに早く逝かれるとは残念」と悼んだ。

天野さんが亡くなった21日、今夏の全国高校野球選手権茨城大会抽選会が行われ、天野さんがかつて率いた鉾田一高と下館一高の両校が1回戦で対戦することに決まった。鉾田一高の斉藤雅司監督は「引き寄せられたような、不思議な力を感じる。しっかり頑張りたい」と前を向いた。(矢幡佳那子)



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