2019年7月19日(金)

戦国武将に危機管理学べ 小和田さん、臨機応変や深謀遠慮

水戸で合同政懇

常陸国の武将、小田氏治と佐竹義重に学ぶ危機管理をテーマに講演した小和田哲男さん=水戸市千波町
常陸国の武将、小田氏治と佐竹義重に学ぶ危機管理をテーマに講演した小和田哲男さん=水戸市千波町

茨城新聞社主催の合同政経懇話会が18日、水戸市千波町の水戸プラザホテルで開かれ、静岡大名誉教授の小和田哲男さんが「常陸国の戦国武将たち-小田氏治と佐竹義重に学ぶ危機管理」をテーマに講演した。臨機応変の対応や、深謀遠慮を働かせて日常生活を送ることなど、2人の危機管理術について逸話を交え紹介、「現代でも学べることがある。われわれはもっと先人の知恵を生かすよう努めていくべきではないか」と力説した。

小和田さんは、戦国時代研究の第一人者で、NHKの「大河ドラマ」でも度々時代考証を担っており、最初には、ドラマでなじみの武将らの危機管理を紹介。毛利元就については「家臣から面と向かって諫言(かんげん)を受けた」と語り、参加者を引きつけた。

テーマにした武将の小田氏治(1531〜1602年)は主に本県の県南地域、佐竹義重(1547〜1612年)は県北地域を拠点とし、勢力を誇った。氏治は何度も負けたため「軟弱武将」、義重は勇猛果敢な戦いぶりから「鬼義重」といった異名を持つ。

小和田さんは、氏治について「生き残るため臨機応変さに学びたい」と指摘。上杉謙信に従属したが、北条氏康と結ぶため、果断に盟約を破棄した出処進退に言及した。「軟弱武将とも評されるが、むしろ『常陸の不死鳥』と呼ぶのがふさわしい」と述べた。

一方、義重の危機管理について小和田さんは、深く考え先のことまで見通す「深謀遠慮の日常」を挙げた。寝室でふとんの位置を毎日変えていたことなどの逸話を紹介。関ケ原の戦い後、転封される際、徳川家康に直談判し、処分軽減に貢献したことを挙げ、「大事な局面できちんと話ができる関係を築いておいた」と述べた。

最後に小和田さんは、「戦国大名の考え方は、リーダーの在り方として現代でも参考になる。歴史はかがみ。その意味は、そこに過去を映して、未来を照らしていくことにある」と述べ、「われわれは先人の知恵を、もっと生かしていくべきではないか」と締めくくった。(佐川友一)



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