2019年8月16日(金)

《戦後74年》「悲惨さ忘れず」 日立 平和誓い市民ら行進

横断幕やプラカードを手に平和な社会の実現を訴える参加者=日立市の平和通り
横断幕やプラカードを手に平和な社会の実現を訴える参加者=日立市の平和通り

太平洋戦争末期に米軍による激しい空襲と艦砲射撃で1500人を超す犠牲者を出した日立市の平和集会・行進が15日、市役所と平和通りで行われた。夏の日差しが照り付ける中、約160人が参加し、「戦争の悲惨さを忘れず、平和な社会を築く」ことを改めて誓い合った。正午にはJR日立駅中央口近くの「平和の鐘」前で黙とうをささげた。

平和集会・行進は市民団体や労組、遺族会などで構成する「平和をまもる日立市民会議」(藤崎信代表)が主催。1967年から毎年、終戦記念日の8月15日に実施しており、今年で53回目。

集会は市役所大屋根広場で開かれ、世話人を代表して前衆院議員の大畠章宏さんが「平和は誰かが与えてくれるものではない。市民一人一人が意識し、子どもたちのために平和を維持していこうとの気持ちを込めて行進することが大事だ」とあいさつ。小川春樹市長は「日々の努力で戦争を二度と起こさず、核兵器を廃絶しないといけない。しっかりと平和を考える時にしたい」と述べた。

参加者は「永久に戦争のない平和な社会をつくろう」「平和憲法を守ろう」などと書かれたプラカードを掲げ、国道6号とJR日立駅を結ぶ平和通りを行進。「戦争のない平和な社会をつくるため、一緒に行動しましょう」などと市民に呼び掛けながら、約40分かけて平和の鐘に到着した。

正午に平和の鐘が鳴り響く中、参加者は1分間の黙とうをささげた。

毎年参加している同市河原子町2丁目の渡部博さん(77)は「終戦記念日に黙とうして改めて平和を願うのは大切」と話した。

同市は軍需工場が並んでいたことから米軍の標的になり、1945年6月から7月にかけて3回、激しい空襲や艦砲射撃を受けた。(川崎勉)



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