2019年9月17日(火)

結城・城の内遺跡 中世の堀・溝跡確認 現地説明会に市民170人

堀跡や溝跡などが新たに確認された「城の内遺跡」=結城市結城
堀跡や溝跡などが新たに確認された「城の内遺跡」=結城市結城

結城氏の館跡と伝わる「城の内遺跡」の発掘調査が終わり、現地説明会が14日、結城市結城の同遺跡で開かれた。調査では、新たに中世の堀跡や溝跡、倉庫跡と思われる遺構などを確認。市生涯学習課は「今回の成果でみると、室町時代に造られた館の一部ではないか。室町から戦国時代にかけて館として機能していた可能性がある」としている。

同遺跡は、東西約177メートル、南北約127メートルで、堀と土塁で区画された中世の武家屋敷跡。鎌倉時代の初め、結城家初代・朝光によって造られ、室町時代に現在の結城城跡に新たな城を築くまで、結城家の館があったとされる。

2018年度に試掘調査を行い、本年度は本調査を実施していた。今回の調査面積は約2550平方メートル。説明会には市民ら約170人が参加し、熱心に耳を傾けた。

今回の調査では、中世の堀跡や溝跡、倉庫跡と思われる遺構を確認。堀跡は、東西60メートル、南北52メートル、深さ0・96メートルの逆台形状で、1400年代ごろの、室町時代に使用された土器が上層から出土した。文様が施された瓦質土器(がしつどき)も確認され、有力者の存在をうかがわせた。主に倉庫として使われていたと考えられ、長方形に掘られた方形竪穴遺構からは、愛知県瀬戸市を中心として作られた陶器「古瀬戸」や中国の古銭「元豊通宝」(初鋳年1078年)などが出土した。

今回の調査で、朝光との関連を示すものは確認されなかった。説明を担当した生涯学習課の斉藤達也さんは「城の内遺跡を誰が造ったのか、はっきりとした人は分からないが、これだけの規模のものを造れるのは、土器などの出土品からみても在地の領主的な人たち。結城家が関わっていた可能性はある」と解説した。

今回の調査部分は、今月中に埋め戻され、地下に保存される予定。参加した同市、桑田昭さん(77)は「調査をしたのは一部。もっと調査をしないと、分からないのでは。この館跡を知らない市民は多いので、もっとPRしてほしい」と話した。(平野有紀)



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