2019年11月8日(金)

尊徳の「掛樋」里帰り 9日筑西 全国サミットで公開

二宮尊徳が170年前に筑西市掉ケ島の用水路整備で作った掛樋と、報徳壱圓塾の小石川功塾長(右)ら=筑西市海老ケ島の明野公民館
二宮尊徳が170年前に筑西市掉ケ島の用水路整備で作った掛樋と、報徳壱圓塾の小石川功塾長(右)ら=筑西市海老ケ島の明野公民館

江戸時代の農政家、二宮尊徳(1787〜1856年)が170年前に筑西市掉ケ島の農業用水事業で作らせた木製の掛樋(かけひ)が9日、同市海老ケ島の明野公民館で公開される。尊徳にゆかりの全国17市町の集う全国報徳サミットが同日に同所で開かれるのに合わせ、尊徳の顕彰団体「報徳壱圓塾」が、保管先の栃木県日光市の報徳二宮神社から特別に借り受けた。

1日間だけの公開だが、筑西市内での尊徳の活動を伝える遺物は数少なく、大きな関心を集めそうだ。

掛樋は杉材で、長さ約4・5メートル。市によると、1849(嘉永2)年に筑西市掉ケ島の八幡神社境内から切り出されたとする記録が残る。尊徳は48(嘉永元)年、私財を投じて掉ケ島の農村改革に乗り出した。掛樋は1970年、住民によって報徳二宮神社に奉納された。報徳壱圓塾の関係者らが5日、日光市から筑西市へトラックで運搬した。保管先では野外展示のため、掛樋は風化が進んでいるが、水を通すU字の溝が今もはっきりと確認できる。

塾長の小石川功さんは「掛樋は尊徳の筑西での事業の証し。サミットに集う全国の人たちに見てもらいたい。江戸時代の用水事業の大変さを知ってもらえれば」と話している。

サミットは午前9時半開幕。問い合わせは同市文化課(電)0296(22)0183
(冨岡良一)



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