2019年11月13日(水)

台風19号襲来1カ月 不安抱えて (1)
決別

ハウス壊滅 農業断念 還暦前に、新たな道へ

ビニールハウスが壊滅した皆川晃さん。再建を諦め、農業を辞めた。ハウスは当時のままになっている=7日午後1時45分ごろ、常陸大宮市野口、鹿嶋栄寿撮影
ビニールハウスが壊滅した皆川晃さん。再建を諦め、農業を辞めた。ハウスは当時のままになっている=7日午後1時45分ごろ、常陸大宮市野口、鹿嶋栄寿撮影

農村地帯に溶け込む緑の堤防に、無機質な白いコンクリートブロックが対照をなす。台風19号で、常陸大宮市野口に大きな被害をもたらした那珂川が、いつものように広い河川敷を低くゆっくり流れる中、決壊した箇所は修復され、堤防の継ぎ目の様相を帯びる。

「まさか、ここが崩れるとは思ってなかった。これまで大水が出た時も、大丈夫だった」。変わり果てた堤防を見ながら、皆川晃さん(59)はつぶやく。

自宅は修復した堤防の目の前にあった。部屋の床板は汚れたままで、泥まみれの庭は、刈り込んだ植木にわらくずが付着する。敷地内に広がる畑は、ひしゃげたビニールハウスが、無残な姿をさらけ出す。

近くで重機は濁流が運んだ土砂を掘り、大型トラックは砂ぼこりを上げて走る。周辺が元の景色を取り戻そうとする中、この家は時間が止まっている。

「もう、ここには住まない。農業も辞める」。あの時、人生が変わった。



「起きてくれ。那珂川が危ない。早く避難しろ」。豪雨もやみ、日付が変わった10月13日午前1時すぎ。消防団員の皆川さんは、自宅でぐっすり眠っていた両親をたたき起こした。

市の防災無線から避難指示の声が流れるが、住民の動きは鈍い。「堤防で水位を見ても、まだ大丈夫だったが、スマホからの情報と見比べ、氾濫する予感があった」。仲間と手分けして近所の家を回り、ドアをたたいた。返事だけでなく、起きて来るまでたたき、避難を呼び掛けた。

高台の詰め所で、まんじりともせず夜を過ごした。明るくなり、自宅を見に行った。「堤防が見えないぐらいの泥水だった」。家の周辺だけではなく、地域が冠水した。

水が引き、濁流が暴れた家の中は、手の施しようがない状態だった。畑のトマト栽培で使う3連棟10アールの鉄骨ビニールハウスは泥が入り込み、1棟は大きく傾いた。パイプハウスや育苗ハウスは、形をとどめていなかった。

「自宅とビニールハウスを建てる資金はない」。農家の4代目を捨てる決断をした。



トマトは市内の直売所、スーパーの産直コーナーを中心に販売してきた。「とりたて野菜市場」と名付けたコーナーに、若い頃の長髪の写真があったが、数日前に外れた。

「独身なので、後継者はいない。この年になると稼ごうという意欲も少ないので、もともと農作業を減らそうと思っていた。農業へのこだわりはない」

39歳で両親の跡を継いだ。専門学校を卒業後、自動車修理や電子部品製造など、20年の会社員生活を経験している。

離農を決め、ハローワークにも行った。定年退職する年齢に近くなっての求職活動。「嘱託や契約でもいい。機械いじりが好きなので、工場で働きたい。会社に勤めると、新しい仲間ができる」。人懐こい笑顔で、前を向こうとする。

現在、自宅から車で10分足らずの市営住宅に、両親と3人で暮らす。家は新築せず当分、住み続ける。約50アールの農地は、いずれ更地にする予定だ。周辺にも流れ込んだ土砂が、そのままになっている田畑が、まだいくつもある。 (蛭田稔)


台風19号が襲来して那珂川や久慈川などが氾濫、県北地域や水戸市周辺が被災してから、13日で1カ月が過ぎた。濁流が押し寄せた流域市町の住民は、後片付けに追われながらも、生活再建への道を探り続ける。不安を抱えても懸命に進もうとする農家や自営業者、住民の今に迫った。



次の記事:つくば市、個人情報89人分流出 

全国・世界のニュース

2020 年
 5 月 29 日 (金)

メニュー
投稿・読者参加
サービス