2019年11月15日(金)

台風19号襲来1カ月 不安抱えて (3)
再開

地域住民との絆、力に 医院浸水にも迷いなく

15日の診療再開に向け、治療台の入れ替え作業を進める歯科医師の増田友邦さん=14日午後、水戸市藤井町、菊地克仁撮影
15日の診療再開に向け、治療台の入れ替え作業を進める歯科医師の増田友邦さん=14日午後、水戸市藤井町、菊地克仁撮影

日が差し込む南向きの大きな窓からは、視界いっぱいに田畑が広がる。4月になるとピンク色の花を咲かせる庭先のシダレザクラの枝は、室内をうかがうように風にそよぐ。

この風景が気に入り、歯科医師の増田友邦さん(39)は10年前、水戸市藤井町の空き店舗を購入した。念願だった歯科医院を開くために。

思いの詰まった医院と風景は、台風19号による濁流に一瞬でのみ込まれた。近くを流れる藤井川が激流へと変わり、堤防をえぐったからだ。

「その前から、嫌な予感はしていた」。台風が上陸した12日は、朝から医院の職員らと患者に電話をかけ続けていた。「来院は危険なので、治療の予約を変更させてください」

夜には台風が通り過ぎることが、報道などで分かっていた。ただ「念には念を入れて」、翌日までの休診を決めた。数十人の予約患者に一軒一軒連絡し終えたのは、同日午後2時を過ぎたころだった。

週明けには、いつも通り開業できると思っていた。「考えは甘かった」。今になって思う。

台風が去った13日朝、医院に続く道は水の中に沈んでいた。「たどり着けないのか」。焦る気持ちを落ち着かせながら、車を走らせて道を探ったが、全て阻まれた。

翌朝、被害を免れた自宅で会員制交流サイト(SNS)を開くと、水の引いた医院付近の様子がうかがい知れた。国道、コンビニ店、近隣住宅…。泥やごみであふれた惨状に、目を疑った。

バケツやブラシ、ホースなどの清掃道具を買い込み医院に駆け付けると、治療台やレントゲン機器、床下の機械室は泥にまみれ、医院特有の清潔感とは程遠い状態。一目見て、「全て駄目だと分かった」

唯一の救いは、2千人分のカルテ。床上約1メートルまで漬かった水の約20センチ上の棚に並び、わずかな差で被害を逃れた。「医師としての財産が守られただけでも、幸運だ」。この時やっと、安堵(あんど)の息を吐くことができた。

生まれ育った前橋市の実家を出て、県内の医療機関で勤務医として働き始めたのが12年前。穏やかな茨城の魅力に引き込まれ、歯科医として独立に至った。

縁もゆかりもない地での開業。地元とのつながりを考え、治療室には原則として、患者は1人だけしか入れない。じっくり向き合う「地域密着のスタイル」を貫いてきた。自然と世間話にも花が咲いた。

だからこそ、再開に迷いはなかった。

借り入れた開業資金は、まだ返済を終えていない。被害総額1千万円を超える治療台やレントゲンの買い替えは、二重ローンだ。

「ここがなくなると、困る患者がいる」。それだけで、続ける意味があると思っている。

復旧作業中も、歯の痛みを訴え、来院する患者が何人かいた。差し入れや手伝いに来た患者もいた。「頼ってもらえている」。それが力になる。

この地区は何度も水害に見舞われてきた。「だから、地域と共に乗り越えたい」。医院は15日、再開を遂げる。「シダレザクラもきっと、来春にはまた花を咲かせるはず」(前島智仁)



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