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かすみがうら市歴史博物館 コイ食文化見直して 7月5日まで

企画展会場にはこいのぼりやコイの絵、資料が並ぶ=かすみがうら市坂
企画展会場にはこいのぼりやコイの絵、資料が並ぶ=かすみがうら市坂


霞ケ浦のコイと魚食文化を主題にした企画展「鯉(こい)する霞ケ浦」が、かすみがうら市坂の市歴史博物館で開かれている。古くから「淡水魚の王様」と呼ばれ、江戸時代の将軍や水戸藩主も好んで食べたと伝わる。コイの消費は減少している中、同館は「滋養強壮にも効果があるとされる食文化を見直すきっかけになれば」と説明している。7月5日まで。

霞ケ浦でコイが食べられるようになったのは縄文時代とされる。土浦・上高津貝塚にコイの歯の骨があるのが見つかった。奈良時代初期の常陸国風土記には「鮒(ふな)、鯉、多に住めり」と、いくつかの表記が見られる。中世には霞ケ浦に48カ所の港町があり、漁民たちが生態系や資源を守るためコイの漁期や道具の制限について管理規則を明文化していた。中国の薬学書「本草(ほんぞう)綱目」にはコイに滋養強壮の効果があることが記されている。

江戸期になると霞ケ浦のコイは高価なブランドになり、徳川将軍家や水戸藩主に大きく卵を持ったコイが献上された。徳川光圀とコイの逸話も紹介されている。光圀の命で滞在する西山荘(常陸太田市)の池に入れるため霞ケ浦のコイを生きたまま運ぶ際、何度やっても死んでしまう。光圀がコイの口に番茶を詰め、籠に入れて動かさないで運べと指示すると死なずに池に入ったという。漁業者が知る秘訣(ひけつ)で、光圀の知識の豊富さを示している。

コイが描かれた絵では、日本画家の小林巣居人(そうきょじん)、恒岳(こうがく)親子の作品も飾られた。コイにまつわる祭礼も紹介している。

展示会場では貝塚で見つかったコイの骨や、常陸国風土記、こいのぼり、絵画、古文書といった資料が並べられている。千葉隆司学芸員は「霞ケ浦ではコイは特産品だったが現在はワカサギが主流。歴史を知ることで豊かだった食文化を見直すことができる」と話した。

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