2020年11月25日(水)

木内幸男さん死去 大胆采配「マジック」 能力、性格把握し起用

2003年の夏の甲子園大会で、常総学院を初優勝に導き、選手から胴上げされる木内幸男監督
2003年の夏の甲子園大会で、常総学院を初優勝に導き、選手から胴上げされる木内幸男監督

取手二、常総学院高を率いて、甲子園で3度全国制覇を達成した木内幸男さんが24日、亡くなった。

木内幸男さんはたびたび、大胆な策を繰り出して好結果を生んだ。精神野球ではなく、超高校級の選手もいないが、教え子を地道に観察し続けて能力や性格を把握した。2度の夏の甲子園大会制覇もその成果だった。

「どうせ言ったって言うことを聞かない連中だから」と、のびのび野球で育てた取手二高時代の1984年決勝。2年生のエース桑田真澄と4番清原和博を擁して2連覇を狙うPL学園高(大阪)戦の九回裏、石田文樹が本塁打を浴びて4-4と追い付かれた。さらに死球。サヨナラの雰囲気が高まる中、石田を右翼へ移して左腕の柏葉勝己を登板させた。

送りバントを失敗させた後、再び石田をマウンドへ。気を取り直した主戦は清原を三振、桑田も打ち取った。柏葉は準決勝で先発したがぴりっとせず、途中降板した。ワンポイントの継投で柏葉に汚名返上の機会を与え、石田は闘志を再びかき立てた。直後の十回表に4点を勝ち越した。

常総学院高を準優勝に導いた87年の3回戦で、後に米大リーグで活躍した尽誠学園高(香川)の伊良部秀輝を攻略した。采配が「マジック」と形容されるようになったのは、この頃からだろう。

2003年の決勝は東北高(宮城)戦で、既にプロも注目する2年生のダルビッシュ有が相手だった。エース磯部洋輝が二回に2点を失って流れは向こうに。三回の先頭に二塁打を打たれると、すぱっと飯島秀明にスイッチした。この継投が決まり、追加点を最後まで与えなかった。

打線は2巡目となった四回、長短打で畳み掛け、3点を奪った。同点の二塁打を放った吉原皓史は3回戦まで先発したが不振で、準々決勝、準決勝は控えだった。「あれは奮起を促すため」だったが、そんな吉原を決勝の5番で先発させた起用策がずばり当たった。

■野球観の原点 金子誠・日本ハム野手総合コーチ(常総学院高OB)の話
お目にかかるたびにいつも変わらぬ豪快な「木内節」を頂いていました。残念で言葉もありません。木内監督から頂いた、たくさんのぼやきや教えは私の野球観の原点です。



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