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大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公・明智光秀は後に徳川家康側近の怪僧・南光坊(なんこうぼう)天海(てんかい)になったとの伝説があるが、その天海が住職を務めた寺が稲敷市にある。平安時代開山の江戸崎不動院だ

▼天海は家康・秀忠・家光の3将軍に仕え「黒衣の宰相」の異名で権勢を振るうが、重用された理由や経緯、前半生は謎だらけ。没年も107歳という

▼この天海こそ光秀との奇説がある。前半生が不明なのも家康に不可解に登用されたのも光秀であれば合点がいくからだ。家光の乳母に明智家重臣の娘を取り立てるなど終始明智びいきでもあった

▼その天海は史実として本能寺の変から8年後の1590年、江戸崎不動院の住職に就いている。江戸崎城の新城主・芦名盛重から不動院復興に迎え入れられた

▼天海は在職中に家康と出会い有力ブレーンとなる。後に江戸に寛永寺、日光に東照宮の創建を献策するが、これは不動院のある江戸崎の街を基にしたらしい。天海=光秀説はともかく天海を通して江戸の成り立ちに江戸崎が絡んだのは確かだろう

▼例年7月の江戸崎祇園祭で街中を彩るのは桔梗(ききょう)紋(もん)の提灯(ちょうちん)。江戸崎を元々治めた土岐原氏の家紋のためだが、桔梗紋は明智家の家紋でもある。やはり何かの因縁か。(敏)

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