水戸城跡 二の丸角櫓 歴史醸し出す景観復元 誘客、郷土愛醸成に期待

2月に本体工事が完成した二の丸角櫓。白壁土塀は大手門とつながっている=水戸市三の丸(市教育委員会提供)
2月に本体工事が完成した二の丸角櫓。白壁土塀は大手門とつながっている=水戸市三の丸(市教育委員会提供)
水戸市三の丸の水戸城跡に二の丸角櫓(すみやぐら)と白壁土塀が復元された。角櫓の一般公開は歩行者用通路の完成を待って6月の予定だが、昨年2月の大手門に続き歴史的建造物が復元されたことで、周辺の景観整備がほぼ終わった。きっかけとなった「大手門の扉」発見から12年、官民協働の事業によって、三の丸地区は歩いて見て回れる観光地に生まれ変わった。さらなる誘客と郷土愛の醸成に期待がかかる。

「昔は弘道館以外に見る所はなかった。寄付を募り、官民の協働でここまで進めてきた。明治維新ごろの景観がよみがえり、ようやく全国の観光地に並んだ」

3月、歴史的景観整備の完成を祝い、三の丸自治コミュニティ連合会の渡辺政明会長は胸を張った。

■扉発見が契機
かつて水戸城があった三の丸地区。歴史を物語る建築物で現存するのは国指定重要文化財の弘道館と県立水戸一高にある薬医門だけだ。幼小中高7校園が集まる文教地区で以前は、観光客が見られるのは弘道館しかなく、歴史を醸し出す景観も三の丸小の白壁や瓦屋根のみ。城跡の趣はほとんどなかった。

きっかけは2009年、坂東市の寺で見つかった「水戸城大手門の扉」だ。大手門ではなく、城のどこかで使われていた扉と判明したが、住民の間で大手門復元の機運が高まった。同連合会は同年、復元の会を発足。募金を集め、約3千人の署名とともに約190万円を市に届けた。

12年には、彰考館跡に立つ水戸二中の新校舎が二の丸展示館とともに完成。白壁に瓦屋根など城郭をイメージした造りになった。15年には歩道整備に合わせ「柵町坂下門」と「杉山門」も再生された。水戸三高と茨城大付属幼小の白壁も整備され、風情ある街並みができ上がった。

■散策ルート
一方、市は住民の要望を受け、14年に歴史的まちづくりの基本構想を策定。時間をかけて見て回れる観光地づくりを目指した。15年3月には住民と産官学が大手門などの復元へ実行委員会を組織。瓦を購入してもらう形で寄付を募る「一枚瓦城主」は今年1月までに5735件、約8915万円を集めた。

この間、住民要望で周辺の道路は新しい愛称「水戸学の道」となり、観光案内板も設置。駅から観光資源を巡る約2〜3.3キロ(所要約1〜2時間)の散策ルート3本も設定された。

大手門は17年3月から工事が行われ、20年2月に開通。事業費は約6億2千万円。二の丸角櫓は18年3月に着工し、事業費は約7億6千万円。角櫓は水戸駅北口ペデストリアンデッキから目に入る唯一の歴史的建築物で、観光客を水戸城跡に誘う役目がある。

約10年前に年間5万人ほどだった弘道館の来館者は最近、9万人にまで増えた。高橋靖市長は「観光振興も狙いだが、子どもたちがこの地に生まれたことを誇りに思うことが大事だ。郷土愛、歴史教育につなげていきたい」と話す。

★二の丸角櫓と白壁土塀
二の丸角櫓は木造2階建て。高さ約9.6メートル、延べ床面積約128平方メートル。発掘と絵図や写真を基にした8年に及ぶ学術調査を経て、2018年に本体工事に入り今年2月に完成した。茨城大付属小の南西角にあり、同じく復元された白壁土塀(高さ約2.2メートル、延長437メートル)で大手門とつながる。1階は展示室(約112平方メートル)で、水戸城の歴史を解説するパネルや大手門と角櫓の復元の記録映像、発掘調査による出土品などのほか、坂東市の寺から寄贈された「水戸城大手門の扉」と伝わる扉(木製、高さ約2.65メートル、幅約1.47メートル)を展示する。

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