日立鉱山創業者とゆかり、八芳園 元社員・石山さんが記念観光企画実現に奔走

八芳園の庭園で久原房之助の魅力を語る石山敏朗さん=東京都港区
八芳園の庭園で久原房之助の魅力を語る石山敏朗さん=東京都港区
久原房之助(石山敏朗さん提供)
久原房之助(石山敏朗さん提供)
日立鉱山創業者の久原房之助(1869~1965年)の没後60年を迎える2025年に向け、東京・白金台の結婚式場「八芳園」の元社員が、茨城県日立市と連携した観光企画の実現に奔走している。久原は同園を所有し、名付け親でもあった。25年は日立鉱山創業120年と同園誕生110年も重なる〝メモリアルイヤー〟に当たる。日立と白金台で観光ツアーや物産フェアを展開し、久原の精神を伝えたい考えだ。

久原は1905年に日立鉱山(現JX金属)を創業し、国内有数の銅山に発展させた。煙害対策として当時世界最高の「大煙突」を造り、公害問題にも取り組んだ。その後は政界に進出、逓信大臣や立憲政友会総裁などを歴任し、戦後は日中、日ソの国交回復に尽くした。

2025年は多くの節目を迎える。久原が95歳で死去して60年、日立鉱山の創業120年、八芳園の誕生110年が重なる。

メモリアルイヤーに記念企画を実施しようと、駆け回るのが同園元社員、石山敏朗さん(63)だ。昨年9月に定年退職するまで40年間、インバウンド(訪日客)事業などを担当した。現在は個人で宅配サービスを手がける。仕事着の帽子やバッグには、特製の久原の缶バッジなどを着け、八芳園と久原を愛してやまない。

石山さんは企画実現に向け、日立に足を運び、鉱山関連や観光団体などの関係者に会い、ネットワークづくりに励む。日立鉱山の福利厚生施設「共楽館」(現日立武道館)などを巡る観光ツアーをはじめ、名産品開発、同園での物産フェアなどを念頭に置く。

石山さんは「日立鉱山があったから日立が栄えた」と久原の功績をたたえる。「政財界に影響力を持ち『昭和のフィクサー』とも呼ばれ、茨城の顔とも言っていいはず。従業員を尊重する久原の『一山一家』の精神を後世に伝え、日立と白金台をつなぐ存在になりたい」と意気込んでいる。

八芳園一帯は江戸時代、徳川家康の側近、大久保彦左衛門忠教の屋敷などを経て、明治末期には渋沢栄一のいとこ、渋沢喜作が所有した。1915年に久原が購入し、周囲の土地も買って拡張させ、現在の日本庭園を造成した。50年に現在の運営会社に譲渡した際、久原が「八方から眺めて美しい」などとして八芳園と命名した。都心で約3万9600平方メートルの日本庭園は「都心のオアシス」と呼ばれ、結婚式やパーティー、イベントなどで使用される。5月23日には岸田文雄首相がバイデン米大統領を招いた会食の場となった。

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