一人でも多く日本へ

○…「ご遺骨を傷つけず、一つのかけらも見逃さないよう丁寧に収集している」と語るのは、水戸二連隊ペリリュー島慰霊会の市原直代表理事。同慰霊会は、太平洋戦争で激戦地となったパラオ・ペリリュー島で、戦没者の遺骨収集を行っている。

同隊主力の日本軍守備隊が玉砕し、今も遺骨収容は続く。「亡くなった人を一人でも多く、一日も早く日本に連れて帰りたい。亡くなった人も『忘れられていなかった』と感謝してくれるはずだ」と思いを語った。(作)

○…「今回は県美術展覧会の発足60周年記念で、新たな企画もある。ゆっくりご覧になっていただきたい」。県近代美術館で開かれている第14回「現美展(現代茨城作家美術展)」のオープニングセレモニーで、県美術展覧会の能島征二会長があいさつした。

同展は1999年の第1回以降、隔年で開催。県美術界を代表する作家の大作が一堂にそろう。県内サッカーの盛り上がりに触れつつ、「芸術は静かな感動で、心の肥やしになるもの」とアピールした。(翔)

○…日本の絹織物の原点と評される「結城紬(つむぎ)」。本場結城紬卸商協同組合の奥沢武治理事長は、国重要無形文化財指定70周年と、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録15周年を迎え、「大変節目の良い年」と感慨深げに喜んだ。

結城紬の新作発表会で、結城市に近い栃木県下野市の古墳から出土した機織り姿の埴輪(はにわ)に触れた。「この一帯は織物の盛んなまちだった。その中で、結城紬が鬼怒川に沿って延々と結城、小山市でできてきた」と語った。(晋)