2020年12月4日(金)

【論説】コロナとリーダー メンツにこだわる場合か

新型コロナウイルスの感染拡大の「第3波」が止まらない中で、政治、とりわけ首相や都道府県知事に求められる大きな役割の一つは、明確なメッセージの発信によって、膨らむ国民の不安を和らげることだ。現状の認識を詳細に示し、科学的な根拠に基づきながら、対応を丁寧に説明するリスクコミュニケーションである。

ところが、新規感染者数が右肩上がりの増加に転じた11月に入ってから、菅義偉首相はじめ政権と、専門家でつくる新型コロナウイルス感染症対策分科会、日本医師会(日医)、各都道府県の間で危機感の乖離(かいり)が際立つ。肝心な認識の共有がないまま、それぞれが異なる見解を示せば、国民は戸惑うばかりだろう。その意味で菅政権は、リスクコミュニケーションが欠落していると言わざるを得ない。

象徴的な場面が11月26日の首相インタビューだった。分科会が感染拡大地域の「Go To トラベル」事業の一時停止を検討するよう提言した点を問われたが、菅首相は全く触れず、飲食店の営業短縮要請、病床の確保に取り組む方針などを一方的に語っただけで、その場を去った。これでは、国民との「対話」の放棄ではないのか。

その翌日の衆院厚生労働委員会で、分科会の尾身茂会長が「人々の個人の努力に頼るステージは過ぎた」と強い言葉を口にしたのは、動きの鈍い政権へのいら立ちにも映った。日医の中川俊男会長が11月の3連休前に「まず、感染拡大地域への移動を自粛してもらうことが重要だ。秋の『我慢の3連休』としてほしい」と訴えたのも、政府が静観するなら、自分たちが国民に強く呼びかけなければならないという使命感にほかならない。

「Go To トラベル」の扱いを巡り、東京都と菅政権は「国が判断するのが筋」「知事の判断を踏まえる必要がある」と責任の押し付け合いを繰り広げた。7月のスタート時に東京を除外した“しこり”が残っているのは容易に想像が付く。ただ、感染症対策という重要な局面で、感情を持ち込むのはもってのほかだ。最終的に菅首相と小池百合子知事の会談で、高齢者らの利用の自粛を促す方針で合意したとはいえ、インパクトに乏しかった。今回のような意思決定までの数日間の遅れが、事態の深刻化を招きかねないことを肝に銘じてもらいたい。

確かに「Go To」事業が、地方を中心に経済を下支えしていることは理解できる。けん引してきた自負もあるだろう。だが、緊急事態宣言を発動した第1波の際、官房長官だった首相も、感染拡大を防ぐためには、人の移動・接触を抑制することが肝心だと説いたのではなかったのか。医療現場の悲痛な声を踏まえればメンツにこだわっている場合ではない。

もちろん、分科会は助言する役回りで、判断するのはあくまでも政治だ。だからこそ、専門家と違う判断を下すならば、第1波の時とは変わったと言うならば、政治の側が説得力を持って説明しなければならないはずだが、第3波の到来以降、指揮官のメッセージが伝わってこなかった。

専門家や現場の意見に謙虚に耳を傾け、自治体と綿密に連携し、国民に積極的に語り掛ける「対話力」。菅首相や小池知事に抜け落ちているものが感染症対策の要諦だ。

2020 年
 12 月 4 日 (金)

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