【論説】袴田さんの再審開始へ 迅速な審理を求めたい

1966年に起きた静岡県の一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審を認めた東京高裁決定を巡り、東京高検は最高裁への特別抗告を断念した。静岡地裁で再審公判が開かれ、無罪を言い渡される公算が大きい。死刑確定以来、姉ひで子さんとともに再審請求に40年余りを費やしてきた袴田さんに、やっと再審の扉が開かれた。

高裁決定は、確定判決で犯行時の着衣と認定された「5点の衣類」について、捜査機関による「証拠捏造(ねつぞう)」の可能性が極めて高いと指摘。自白調書など他の証拠についても「犯人性を推認させる力がもともと限定的、または弱いものでしかない」とし「到底、本件の犯人と認定することはできない」と結論付けた。

高検幹部は「承服しがたい点があるものの、特別抗告の申し立て理由があるとの判断に至らなかった」とコメントを出した。検察は証拠捏造の可能性を指摘した点に強く反発したが、特別抗告の要件は憲法違反か判例違反に限られている。事実誤認のみを理由に申し立てることはできず、断念したとみられている。

袴田さんは今月87歳になり、半世紀近い拘束の影響で拘禁症状が進んでいるという。ひで子さんも90歳。一刻も早く、袴田さんを「確定死刑囚」という立場から解放するため、再審公判で迅速な審理が求められるのは言うまでもない。

5点の衣類は事件から1年2カ月たって、殺害現場近くにあり、袴田さんの勤め先だったみそ工場のタンク内で、みそに漬かっているのが見つかった。ズボンやシャツなどで血痕が付着していたため、確定判決は袴田さんが犯行直後にタンク内に隠したと認定した。

発見時、血痕に赤みが残っていたが、東京高裁は弁護側のみそ漬け実験や専門家の鑑定などを基に「1年以上みそ漬けされた衣類の赤みが消失することは合理的に推測できる」と判断。発見前の短期間しか、みそに漬かっていなかったことになり、事件直後に逮捕された袴田さんがタンクに隠すのは不可能とした。

また血痕の赤みではなく、血液中のDNAがどのように変化するかを調べるのが目的だった検察側のみそ漬け実験にも言及。「タンク内よりも血痕に赤みが残りやすい条件の下で実施されたと言えるにもかかわらず、赤みが残らないとの結果が出た」と述べている。

14年3月、静岡地裁は衣類に残る血痕について弁護側が提出したDNA型鑑定を踏まえ、再審開始を決定。しかし検察の即時抗告を経て、東京高裁はDNA型鑑定の信用性を否定し、開始決定を取り消した。その後、20年12月になり、最高裁は鑑定の信用性については高裁の判断を支持したものの、血痕の色合いに争点を絞り込んだ上で審理を高裁に差し戻した。

それから2年余りをかけて弁護側と検察側の双方が立証を尽くし、高裁は慎重に審理。再審にも適用される「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に沿って再審開始を認めた。仮に特別抗告して争い続けても、この結論を覆すのは困難とみられていた。

刑事司法に翻弄(ほんろう)され続けた袴田さんの半生に思いを致し、検察による証拠開示や抗告の在り方を巡り早急に議論を進める必要がある。再審の長期化を防ぐために何ができるか検討を重ね、法整備につなげていきたい。