
【その他】
東京五輪の裏で開催された“数学五輪”でもメダルラッシュ、日本代表に受け継がれた“競技としての数学”普及への願い

東京五輪に出場した選手たちの活躍に日本全国が湧いたなかで、同時期に開催されていたのが、第61回国際数学オリンピック(IMO2021)ロシア大会。コロナ禍でオンライン開催となったが、日本代表選手たちは出場者全員がメダル獲得という快挙を成し遂げた。なかなか大衆に注目されないことが課題だという“数学オリンピック”。今回の快挙を拡散させたのは、そんな同大会の認知度を高めたいと活動するOBのメダリストたちだった。彼らが“数学”という学問や数学オリンピックにかける想いを聞いた。
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■“国代表”を背負った身として「同世代の選手が活躍していることが嬉しかった」
話題になったのは、「ご注文は数オリですか?」(@gochisuu)という、同大会のメダリストたちで結成されたWebメディアのツイッターアカウント。メンバーは2018年、2019年、2020年の同大会に出場し、その後東京大学や京都大学に進学。数学オリンピックの門戸を少しでも広げられたらと、学生生活と両立して同大会を志す参加者に対し情報発信を行っている。
東京五輪では、スケートボードの男子ストリートで堀米雄斗選手(22)、女子パークで四十住さくら選手(19)など、若き選手たちが活躍してメダルを収めた。彼らの活躍を実際にテレビで見て、「自分たちと同世代の選手が活躍していることが嬉しかった」と語るのは、2020年大会銅メダリストの平山楓馬さん。
「スケートボードという種目が、選手たちの活躍により日の目を見て、大衆を熱狂させていく過程を目の当たりにしました。全然環境も違うし、トレーニングしてきたことも違うんですけど、我々もオリンピックと名の付く経験をした身として、日本代表選手たちの活躍は前大会の時とは違って見えました。話題として取り上げられることの少ない数学オリンピックのことを考えずにはいられなかったですね」(平山さん)
東京五輪と同時期に開催されていた、第61回国際数学オリンピックロシア大会。日本代表の戦績は出場者6名全員がメダルを獲得(金1、銀2、銅3)、特に金メダルは2年ぶりの獲得という快挙だった。平山さんはこの結果を同アカウントからツイート。投稿には8.5万ものいいねが集まり、「恥ずかしながら、初めて知りました」「もっと注目されてもよいのでは」など、たくさんの反響が集まった。
「東京五輪と同時期開催というのも大きかったと思うのですが、有名人や企業の方に沢山拡散いただけて、コメントをいただけたことに驚きました。一方で『数学オリンピックって本当に存在するんだ』というコメントもいただいて、まだまだ知名度を上げて行かないといけないことも実感しました」(平山さん)
■“理系は男性が多い”「日本特有のイメージを少しでも変えられたら」
数学オリンピックのトピックスに触れた人のなかで、特に多かったのは出場資格や大会ルールについての疑問。「オンライン開催ってどういうこと?」「どのように代表者が決まる?」など、一般から見た疑問点をぶつけてみた。
現地開催された2019年、オンライン開催の2020年の両方に出場経験があり、両大会で銀メダルを獲得した宿田彩斗さんは、オンライン開催について次のように話してくれた。
「オンラインでの開催は、それぞれの国の選手が一堂に集められ、本部からビデオで監視されながら競技が行われます。現地だと周囲に他国の代表選手もいて、良い意味での緊張感もある。オンラインではその実感がないので、モチベーションが下がる部分もあったかもしれないが、今回も全員がメダルを、そして特に金メダルも獲得している。これだけの成績を残せているのは素晴らしい結果。現地開催の時は、大会が終われば他国の選手と交流する機会もある。現地開催できるように、早く環境が整えば…とも思います」(宿田さん)
では、どのような大会ルールのもと国際数学オリンピック(IMO)出場者が決まるのか。2018・2019年大会銅メダリスト、2020年大会銀メダリストの渡辺直希さんは「日本国内での数学オリンピックは、日本数学オリンピック(JMO:参加資格は高校生以下)と日本ジュニア数学オリンピック(JJMO:参加資格は中学生以下)があります。それぞれ予選、本選を勝ち抜いた出場者が代表選考合宿に参加して、最終的に国際数学オリンピック(IMO)に出場する選手が選ばれます」と代表選考までの経緯を話す。
「2つのコンテストでは異なる問題が出題されます。それぞれ予選・本選があり、予選では12問の問題(1問1点)を3時間で解き、その答えだけを書き込みます。予選成績上位者が本選に進みます。本選は記述式の問題が5問(1問8点)あり、それを4時間で解答していきます。その成績をもとに、金賞・銀賞・銅賞・優秀賞(JMOのみ)が確定。JMOでは約20名、JJMOでは約10名が選ばれます。
代表選考合宿に参加できるのは、原則高校2年生まで。JMOで表彰された約20名とJJMOで金賞・銀賞を獲得した約5名です。合宿では国際数学オリンピック(IMO)の『1日に3問の問題(1問7点)を4時間半で解答する』というルールに則り、同様の形式で問題を解きます。日を分けて4日間コンテストがあるので、全部で12問の問題を解き、その合計の成績で上位からIMO代表出場者6名が決まっていきます。詳しくは数学オリンピック財団のウェブサイトをご確認ください」(渡辺さん)
また、女性を対象とした国際大会・ヨーロッパ女子数学オリンピック(EGMO)もあり、日本ではIMOとは異なる独自の代表選考を行っている。日本で数学オリンピックにおける女性の競技人口はまだまだ少なく、IMOで日本代表になった女性は過去に2名。「昔から理系は男性が多いという日本特有のイメージもある通り、数学オリンピックにおいては男性の競技人口が圧倒的に多い現状があります。女性が少ないことが女性を阻んでいるという難しい状況もあるのでは。これは課題だと思っていて、意識を変えつつ進めていくしかない」(平山さん)
■日本の国別順位は25位「この結果が”国の数学力”を体現しているわけではない」
国際数学オリンピック(IMO)では、出場者のうち上位12分の1が金メダル、続く6分の1が銀メダル、次4分の1が銅メダルを獲得できる。約半分の出場者がメダルを持って帰れることになる。これは1種目で3人しかメダルがもらえない本家のオリンピックと比較すると、「なぜこんなにメダルがもらえる?」という疑問も。
IMOの出題形式は、3問の問題(1問7点)を4時間半で解答するのを2日間行うというもの。わずか6問42点満点というなかで、各国の代表者が競うこととなる。結果の分布もかなり詰まったものになり、上位を厳密に1位2位3位と決めるのは難しいという側面がある。600名を超える選手が一つのコンテストで争う形態で、そもそも各国で6名の代表への選出自体が難しいので、メダルをもらうのは決して容易なことではない。
強豪国として君臨しているのは、アメリカ、中国、韓国、ロシアなど。日本はそれらの国に継続して敵わない状態が続いているが、心配は不要だと平山さんは言う。
「強豪国の強化体制は、信じられないと思うこともあります。例えばアメリカはMOPといって3~4週間ものトレーニングキャンプを行う。プロのアスリート並に訓練してやってくる。日本ももちろん強化はしているけど、個人の主体性に任されている部分が大きい。そうしたなかで金メダルもコンスタントに獲っている。国別順位で日本は5~15位といった範囲を取ることが多い。今年の国別順位(25位)を見て、低いという見方をする人もいたが、あくまで上位6人が6問で競った結果に過ぎず、この順位が“国の数学力”を体現するものではまったくない」(平山さん)
「数学オリンピックは、競技として行われている数学であり、学問的な数学とは性質が違う面もある」と話すのは、2019年大会銀メダリストの平石雄大さん。
「競技として数学をやることにおいて、国をあげて訓練することは賛否両論あるし、どう付き合っていくかは難しいポイントです。6問しかなくて、どんな問題が出るかも分からない。当日のコンディションにも左右される。たくさん演習を積んできても、本番は6問。そこで安定した成績を残すこと自体が難しいことです。そして数学オリンピックの意義は、数学という学問に入る“きっかけ”、学問の面白さや美しさを体感してもらうためにある。コンテストを通じて数学が好きなもの同士交流しようというのが真の目的であるということはお伝えしたいです」(平石さん)
「数学はどこでもできる。自分でトレーニングしようと思えば自由にできるのがいいところ。数学オリンピックをはじめとする科学オリンピックだったり、学問が好きな中高生が知り合える機会はたくさん設けられている。国に手助けしてほしいことをあげるとすれば