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「選手の“ジャンプ”を想定し、実験済みだった」話題の段ボールベッド、メーカーが明かす開発の裏側

東京五輪の選手村で話題になった「段ボールベッド」写真提供:株式会社エアウィーヴ


 競技のみならず、アスリートたちの選手村での過ごし方も注目を集めた東京五輪。中でも大きな話題を呼んだのが"段ボールベッド"だ。一部の選手が耐久性を検証する動画をアップし、中には行き過ぎた行為に批判が殺到する事態に。一方では、図らずも“技術の粋”を誇示したとも言える。段ボールベッドを含む寝具一式を提供した寝具メーカー・エアウィーヴは、この騒動をどのように見ていたのか話を聞いた。



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■“ジャンプ”したくなる心理は想定内 「天井高さを聞き取り、落下衝撃を検証」



 事の起こりは7月16日、アメリカの陸上選手が「段ボールベッドは選手同士がイチャつくのを防止するのが狙いだ」と冗談めかしてツイートしたのが発端だった。これに注目した一部海外メディアが「アンチセックスベッド」と報道。段ボールベッドでは頑丈さの点から激しい行為はできない、コロナ禍において必要な対策だ──といった憶測めいた論調を展開した。



 これに対して7月18日、アイルランド男子体操のリース・マクレナガン選手がベッドの上で力強くジャンプをする動画を投稿し、「フェイクニュースだ」と断じる。これにて騒動も収束したかと思いきや、今度はイスラエルの野球選手たちが悪ノリ。7月28日、TikTokに「何人まで耐えられるか検証する」としてベッドの上に1人、2人、3人と加わって飛び跳ね、最終的に9人目で壊れる動画を投稿した。



 この投稿は広く拡散されたものの、「やりすぎだ」と批判が殺到。一方で「屈強な選手たちが8人乗っても壊れないのはすごい」といった賞賛の声も多く、結果として段ボールベッドの頑丈さの証明にもなった。



 選手村に寝具一式を提供したエアウィーヴの事業開発部・執行役員の安藤強史氏は、この動画の感想を「選手の方々にケガがなくて本当によかったです」と安堵の表情。「選手のみなさんがベッドで飛び跳ねることは想定していました。ホテルなどでも、まずベッドに飛び込む方はいらっしゃいますし。ただ、まさか9人乗るとは予想外でした(笑)」(安藤氏)

 

 段ボールベッドは「身長180cm・体重100キロの選手が30cmジャンプ」した場合の150キロの落下衝撃に耐えることを実証した上で製作。選手村の部屋の天井まで高さを聞き取りした上で、ベッドの上でジャンプできる高さを想定した。また200キロの耐荷重テストもクリアしている。「同様のテストでスチールパイプ製ベッドはグニャッと折れ曲がり、木製ベッドは寝床面が割れてしまいました。段ボールはパーツの組み合わせ次第で、縦方向の負荷に極めて強く対応できます」(安藤氏)



 選手村の寝具がここまで議論を生んだのは、「段ボール」という素材の意外性があっただろう。ちなみに近年の五輪の例では、2016年リオ大会ではスチールパイプ製、2018年平昌大会では木製のベッドが導入。いずれも既製品で、ベッドフレームから開発・製作したのは五輪史上でも今回の東京大会が初めてのことだ。



 段ボールを使用した背景には、ベッドのサイズ等の規格が細かく定められている中、同社が選手用に開発したマットレスを使用するのに必要な頑丈さが備わっていたことに加え、環境への配慮もあった。



 「組織委員会の方々も、提案した当初は『えっ?』という反応をされましたね。やはり段ボール=脆弱という印象があったようなので、前述の実証実験でご納得いただきました。さらに"持続可能な社会の実現"という観点からも、段ボールという素材は今回の東京大会に最適だったのです」(安藤氏)



 段ボールはそのリサイクル率の高さから"環境の優等生"と呼ばれている。オリンピックに1万8000台、パラリンピックに8000台供給された段ボールベッドは、大会終了後にはパーツにバラして資源として回収される。なお52個のパーツで構成されており、組み立てはすべて手作業だが、「慣れれば1台10分足らず完成します」とのことだ。



 「またマットレスは独自素材のポリエチレン樹脂でできているため、使用後は融解・ペレット化した後にプラスチック製品にリサイクルができます。こちらは『肩・腰・脚』の各パーツの表裏で硬さが異なる、弊社の3分割マットレスを採用。選手のみなさんの体型や体格に合わせて個別化し最適なパターンにカスタマイズできるのが特徴です」(安藤氏)



 大会が進むにつれて選手たちからの寝具についてのSNS投稿はポジティブな反応が多くなっていった。メキシコ女子アーチェリーのアナ・バスケス選手は「以前よりもよく眠れる」とその快適さを笑顔で伝えている。また、選手村には各選手に最適なマットレスを体型の計測によってフィッティングできるブースを設置。五輪期間中には1,000名ほどの選手が訪れ、好評だったという。選手の投稿は、企業側からの発信に制約がある中、こうした試みも発信してもらう機会にもなっていた。



 なお段ボールベッドについての問い合わせも殺到しているが、現在のところ販売予定はないとのこと。また選手村で使用されたマットレスの多くは国の教育施設などに寄贈を予定している。



 エアウィーヴと五輪の関わりは2008年北京大会に約70名の水泳・陸上選手がマットレスを現地に持参したことに始まり、その後の大会でも継続して選手たちに製品を供給している。



 2007年に事業を開始したエアウィーヴは老舗ひしめく寝具メーカーの中では新興であり、販売開始当時は量販店や家具店で売り場を確保できないなどの苦労もあったという。現在のように広くその品質が知られるようになった背景には、アスリートたちの絶大な支持があった。



「テニスの錦織圭選手は遠征のたびに弊社のマットレスを持参してくださっていますが、それまでは遠征先によってマットレスの硬さが違うことに悩まされていたそうです。ときには床で寝ることもあったとか。アスリートは体が資本ですから、一般の方以上に生活の中で生じるご自身の体調の変化に敏感なんですね。そこでまずはアスリートのみなさんに評価していただける製品を開発しよう。そうすれば広く一般の方々にも機能性の高さを知っていただけるのではないか、という発想が開発当初からありました」(安藤氏)



 安藤氏によると「睡眠障害」ではない「普通の健康な人の睡眠の質」の研究は生活条件を揃えるなどが難しいこともあり、ほとんどされてこなかったという。同社では、健康な人の睡眠の質を研究するため、マリア・シャラポワや宮里美香、ポーラ・クリーマーなど、数多くのトップアスリートを輩出するアメリカのスポーツ養成学校「IMGアカデミー」にて、「睡眠研究」の分野において世界初の科学的検証を行っている。研究の結果、低反発やスプリングマットレスで眠ったときと比べ、「高反発マットレス(エアウィーヴ)」で眠った後の方が運動パフォーマンスの向上が見られた。この結果は有名科学誌ネイチャーを発刊するネイチャー・リサーチ社の「Scientific Reports」に掲載され、科学的評価を得ている。



 快眠は誰もが共感できるテーマであり、東京五輪期間中のアスリートたちの発信によってエアウィーヴの評価もますます上がった。加えてコロナ禍で、おうち時間をより快適に過ごしたいとの需要からも製造工場はフル回転しているそうだ。



(取材・文/児玉澄子)

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