【映画】
「24時間撮影も…」“初監督”安藤政信が語る映像界の物理的、メンタル面の問題点
■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第41回 安藤政信
俳優の山田孝之や阿部進之介らがプロデュースを務める短編映画制作プロジェクト『MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)』で、初監督を務めることになった俳優の安藤政信。監督業は、以前から「本当にやりたい」と思っていたが、一方で「失礼なことはできない」という思いもあったという。そんな安藤の背中を押したのが「映像業界を変えたい」という山田の熱い思い。「絶対孝之に恥をかかせたくない」と熱く語った安藤の心を突き動かした“思い”とは――。
【場面写真】抱き合う山田孝之と森川葵
■「孝之からのオファーじゃなければ受けなかった」
安藤が初監督を務めた『さくら、』は、友人の恋人と秘密の逢瀬を重ねるなか、突然友人が亡くなり、順調だった関係性が歪んでいくさまを描いた短編映画だ。主人公に山田孝之、友人役を安藤、そして安藤の恋人役を森川葵が演じる。
1996年に映画『キッズ・リターン』でスクリーンデビューして以来、映画俳優としてこだわりを持って作品に臨んできた安藤。当然、制作という視点にも興味はあったと言うが「役者は役者」という思いから「そんな失礼なことはできない」と監督業には積極的にアプローチすることはなかったという。
そんななか、山田がプロデューサーを務めた映画『デイアンドナイト』に出演した際、山田が目指している思いに共感することが多かったという。
「僕は、役者ってすごい仕事をしている表現者だという思いが強いんです。だから共演者は尊敬しているし大切にしている。そんな役者である孝之が『いまの映像業界を変えたい』という思いで挑戦した『デイアンドナイト』という映画は、それをやったことですべてが変わることなんてありえないんだけれど、絶対失敗してほしくないと思っていたんです」。
『デイアンドナイト』には、俳優として参加した安藤だったが、公開中に行われた山田とのトークショーの帰りに『MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)』の企画を聞き「映画撮りませんか?」と直接オファーを受けたという。前述したように「おこがましい」という思いから断るところだったが、『デイアンドナイト』での山田のチャレンジに心を動かされ、オファーを受けた。安藤は「孝之からの話じゃなかったら、絶対撮っていなかった」と断言する。
■日本の映像界の問題点
俳優生活も25年を迎えた安藤。映画を中心にさまざまな映像作品に出演しているが、安藤自身も「この業界を変えなければ」という思いは常にあったという。
「やっぱりどこの現場も本当に過酷なんですよ。でもみんないいものを作ろうって本気でやっているし、手を抜いている人なんて一人もいない。でも、その過酷さが、ただつらいだけで終わるのではなく、その先に喜びがあるべきなんです。喜びの光が強いからこそ『表現してよかった』『集まってよかった』って報われると思うんです」。
この言葉には2つのメッセージが含まれている。一つは物理的な問題。「やっぱり日本映画だと、24時間撮影なんてこともまだある。どんなに気力が充実していても、寝ないで撮影していると、みんなギスギスしてくるんですよね(笑)。怒号が飛び交ったり、些細なことでイライラしたり。そんななかで『ヨーイスタート』って言われても、なかなか難しいですよね。でも世間から作品の評価で罪と罰を受けるのは、基本役者なんだよね。でも本当に何度も言うけれど、みんな本気で取り組んでいるから、結局は誰も責められない。でも変わっていかなければいけないと思うんです」。
もう一つは、メンタル面の問題。「さっきも話しましたが、本当に手を抜いている人なんていないし、本気で取り組んでいるからこそ、みんなが納得する作品にしたいじゃないですか。日本映画の現場って、映画を愛している人ばかり。しかもレベルが高い。チェン・カイコーも、ウォン・カーウァイも調布の撮影所で現像していたと聞きましたし、日本の映画人は世界的に見てもプロフェッショナルな人間が多い。それだけのすごいプロが集まるのに、風通しが悪くて、なんかチグハグになってしまうことって多々あるんです。僕も美意識みたいなところにこだわりがあるので、現場で意見を言いたいんだけれど、なかなか通りにくい。結局みんなが作品に対して違和感を持っていても、言えない雰囲気になってしまうことが多い。それって真剣にやっていればいるほど、悲しいですよね」。
■作品に参加することでマイナスになってしまってはダメ
こうした違和感を少しでも解消しよう、日本の映像界でも世界的なクオリティの作品を作ることができるんだという思いを持って立ち上げた『MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)』。
安藤は「孝之が強い信念を持って取り組んでいるプロジェクト。『役者になにができるんだ』と言う人もいると思うし、実際すべてがすぐに変わるなんて思っていません。今回だって、難しい環境だったことは間違いない。でも変わっていく第一歩になればいいなと思って参加しました」と力説する。
こうした思いで監督として臨んだ『さくら、』の現場。当然のことながら、キャスト&スタッフ共に思ったことは口に出して議論を交わした。「うちの組はガンガン意見をぶつけ合いました。まあ、メンバーを見てもらえば分かると思いますが、大人しく引き下がるような奴らじゃないですからね。よく1本完成しましたよ」と大笑いする。
今後も監督業をやっていきたいか――と問うと「監督も写真家業も役者も、オファーが来て初めて成り立つ仕事なので…」と前置きしつつも「興味しかないですね」とニヤリ。
一方で、やみくもには飛びつかないという強い信念もある。「もちろんやるからには、絶対譲れない質感ってあるじゃないですか。そこは予算という形になるのですが、やっぱりいまの日本の映画業界って、例えば衣装さんやメイクさん、カメラ機材など、それぞれの担当者が持ち出しでクオリティを保っている部分もあるんです。それじゃあいけない。結局食えなくて広告に行ったりしちゃっているんですよね。参加してもらうことでマイナスになってしまうところは絶対避けたいじゃないですか」。
作品のためにささげ、絶対手を抜かないプロフェッショナルな人たちが夢を持てない世界ではいけない――。そんな思いを胸に、『MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)』は船出を迎える。(取材・文・撮影:磯部正和)