
【映画】
アリ・アスター監督×こがけん『ボーはおそれている』公開記念対談

『ヘレディタリー/継承』(2018年)で映画ファンの注目を集め、『ミッドサマー』(19年)が全世界で大ヒットを記録したアリ・アスター監督が、『ジョーカー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスを主演に迎えた新作『ボーはおそれている』が、本日(16日)より劇場公開。昨年末、アリ・アスター監督が来日した際、大ファンを公言する映画大好き芸人・こがけんとの対談が実現した。
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■今までになく野心的な作品を作るチャンスが訪れた
――こがけんさんはアリ・アスター監督および作品のどんなところに魅力を感じているのですか?
【こがけん】ホラー映画を観るというのは、映画の中で怖いことが起こるということをわかってて観るものだと思うのですが、僕はホラー映画が好きくせにめちゃくちゃ怖がりなんですよ。アリ・アスター監督の作品は、怖いことが起こるかもしれないという緊張状態がずっと続いて、その適度なストレスを乗り越えた後が気持ちいいんですよね。
『ヘレディタリー/継承』では、真っ暗な映像の中に、それよりも暗い人影が映っていて、最初、自分にしか見えていないんじゃないか、と不安になりました。あの演出は今でも網膜にこびりついているくらい衝撃を受けました。
『ミッドサマー』は、自分たちの常識が通用しない辺境の村で主人公たちは想像を絶する恐怖に襲われるんですけど、いままでに味わったことがない衝撃の結末でした。ちょうどコロナ禍で仕事がなくなって、やることがなった時に、『ミッドサマー』の感想を書いてネットに投稿したら、それが「BRUTUS」の編集者の目にとまって、シネマコンシェルジに選ばれたんです。運命的なものも感じています。
――前作『ミッドサマー』は日本でも口コミが広がり異例のロングラン大ヒットを記録しました。
【こがけん】『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』と2作連続で大ヒットという結果を出して、環境に変化はありましたか?
【アリ・アスター】僕の作品の受け取られ方が変わったのか、人々が僕を見る目が変わったのか、僕にはわからないし、僕の中で何かが変わったと自覚しているものはないのだけれど、『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』によって、いろいろな扉が開いたように思う。今までになく野心的な作品を作るチャンスが訪れた。『ボーはおそれている』をつくるきっかけを与えてくれました。
この映画は、だいぶ奇妙です。観客を物語に引き込み、考えさせた末に…とんでもない結末がある。それが、僕が長年やりたかったことでもあるんです。前の2作品で積み上げてきたものに自ら火をつけてしまったような、すべてを失いかねないくらい、自由に、好き勝手にやらせてもらいました。もう2度とこんな作品はできないかもしれないです。
【こがけん】ヒット作を出した次回作は、バジェットも大きなものになって監督の作家性が爆発するんじゃないかと、新作を待ち望んでいたのですが、『ボーはおそれている』はまさにアリ・アスター節の効いた作品でした。本当にすごかったです。
【アリ・アスター】ありがとう。
■日本で歌舞伎を鑑賞した衝撃を新作に投影
――『ボーはおそれている』は、日常のささいなことでも不安になる怖がりの男ボーが、ある日、さっきまで電話で話していた母が突然、怪死したことを知り、母のもとへ駆けつけようとするが、次々に奇妙で予想外の出来事が起こり、里帰りの道のりは、いつしか壮大な旅に変貌していく。主演は『ジョーカー』でオスカーに輝いたホアキン・フェニックス。
【こがけん】『ミッドサマー』のプロモーションで来日した時、歌舞伎を観劇して、その時に受けた衝撃が『ボーはおそれている』に色濃く反映されていると聞きました。
【アリ・アスター】そうなんです。初めて歌舞伎を鑑賞しました。色彩といい、制御の効いた演技といい、音楽といい、私から見ると異国情緒にあふれていて、劇場も今までに見たことがないような美しさだと思いました。大いに刺激を受けまして、『ボーはおそれている』の劇中劇の演出につながっています。
もう一つ、歌舞伎の影響を受けているシーンを挙げると、ボーがトラウマ的な物を目にしてその場を立ち去ろうとした時の彼の表情ですね。脚本のト書きには「茫然自失しとしている様」と書いてあったんですが、そこでホアキンが茫然としているだけでは既視感があるので違うことをやってみたいと言い出したんですね。そこで僕は、こんな感じはどうだろう?と、黒澤明監督の『乱』の仲代達矢さんの写真と歌舞伎で役者が極端な表情をしている時(見得)の写真をホアキンに見せたんです。本番で彼がやってくれたのは、歌舞伎の表情でした。
――前回の来日ですっかり親日派にくださったそうですね。約3年ぶりの日本は楽しめましたか?
【アリ・アスター】日本は世界の中でも地番好きな国。今回は前回よりも長く滞在できて、京都、直島(香川県)、登山は出来なかったけれど富士山にも行きました。京都では、能を観劇することもできました。これもまた非常に刺激的でした。
■“アリ・アスター”というアトラクションの中で楽しんでほしい
【こがけん】『ボーはおそれている』はホラー映画とは言っていない、なんならこれはコメディーだと。観客の皆さんには笑ってほしい、ということもおっしゃっていますね。笑っていい映画で間違いないですか?
【アリ・アスター】もちろん。ダーク・コメディーです。
【こがけん】よかった。ボーがどんどん災難に見舞われて、災難の数の多さ、理不尽さ、意味のわからなさに思わず笑ってしまったんですよ。観る人によっては圧倒されて笑うタイミングを失う人も出てくるんじゃないかと思うくらい、ひたすら主人公に災難が起こる。それをどう演出するかですが、例えば、サイレント映画時代のバスター・キートンのように、身体を張ったアクションを無表情で一途に演じて、笑いをとる手もありますね。アリ・アスター監督の演出は、観客に笑ってほしいけど、これは絶対に譲れないみたいなものがあるように思えるのですが…。
【アリ・アスター】こがけんさんもお笑いをやっていらっしゃるからよくわかると思いますが、ここはね、これこれこういうことだからおかしいの、って説明しちゃうとおかしくなくなっちゃうでしょう。ただ、人を笑わせるにはすでにある種の法則があって、人には笑いのツボというのがあって、それをひたすら狙って作っていくしかないんじゃないかな。
僕なりのメソッド的なものはないんですけど、『ヘレディタリー/継承』も『ミッドサマー』も我ながら笑っちゃうところがたくさんあるんです。『ボーはおそれている』をつくる上でも自分で笑っちゃうようなこと、可笑しいと思えるものを細部にわたってちりばめられています。
『ボーはおそれている』については、こんなことが起きてしまうなら、もっとひどいことが起きるんじゃないかと観客が心配になってきたところに、さらにひどいこと、数倍ひどいことが起きます。それがひたすら続いていく。途中で手を緩めることを一切せず、最後まで貫こうと思ってつくりました。
【こがけん】僕は最後の10分間ぐらい、息するのも忘れたかのようにただただ圧倒されました。監督の作品で思うのは、恐ろしいことが起こるかもしれない、そのかもしれない恐怖のストレスの解像度がとても高い監督だと思っていて、バリエーションも豊富だと思うんです。普段の生活の中でストレスの種みたいなものに気づいたらメモしておくとか、ネタ帳みたいなものがあるのか、監督自身はどういうことにストレスを感じるのですか?
【アリ・アスター】僕は常に最悪の事態を想像してしまう性質なんです。デフォルトでそんな状態です。だからいつも不安を抱えながら生きています。何か決断を下した時は、その因果で何か起こるんじゃないか、といつも心配しています。だから優柔不断なんです。
例えば、今日の昼食を何にしようか、と考える時、お昼にこれを食べたらどうなるかな、といちいち心配しちゃう人間なんです。なので不安の種はそこらじゅうにあるんですよ。こうやって取材を受けるのも不安だし、こがけんさんの話を聞きながら、頭の片隅でなんで今日はこれでよかったんだろうか、とそんなことを考えますね。
【こがけん】ボーは監督なんですか?
【アリ・アスター】残念ながらそうです。
【こがけん】『ミッドサマー』の来日時、監督が「みんなに不安になってほしい」と発言されていたんですけど、あれも本当に衝撃的でした。
【アリ・アスター】『ボーはおそれている』も不安になってほしいですね。