
【音楽】
【インタビュー】EMI Records 新MD就任の阿木慎太郎氏「作った人間やその人のストーリーが見えると特別なものになる」

昨年11月、ユニバーサルミュージック(以下UM)の邦楽レーベル「EMI Records」のマネージングディレクターに就任した阿木慎太郎氏。ワーナーミュージック・ジャパン(以下WMJ)在籍時には、A&RとしてSuperflyやゲスの極み乙女、indigo la Endなどを担当し、数々のヒット作を世に送り出した後、2017年からは制作部門のレーベルヘッド、20年からは執行役員に就任。同社の音楽制作やアーティストのブランディングにおいて重要な役割を果たしてきた。新たにUMで目指す音楽作り、そして今の時代だからこそ必要と考えるクリエイターのあり方やヒットの基準について阿木氏に聞いた。
【写真】「悩んだときは10年単位の視点でとらえていく」と語る阿木氏
■UMは人が強く、想像以上にパワーのある会社
――UMに移られて3ヶ月余りが経ちました。外部から見ていた印象と実際の雰囲気に何か違いはありましたか?
【阿木】入社前は、UMに対して「リーディングカンパニー=シビアかつ合理的でビジネスに厳しい会社」という印象がありました。しかし、実際には、“人”が強く、皆がUMが好きで明るくポジティブに働いている温かい社風で、良い意味で意外でした。ストリーミングに強いレーベルという印象もありましたから、勝手にデジタル中心の会社ととらえていましたが、デジタルと同じくらいフィジカルも強く、キャリアアーティストへのリスペクトもあり、歴史も大切にしている。ビジネスの厳しさと温かさ、歴史と新しさのバランスが絶妙で、とてもパワーのある会社だと実感しています。
――そもそもUMに移られたきっかけは何だったのですか?
【阿木】昨年9月末にWMJを辞めたことがきっかけでした。アーティスト、スタッフにも恵まれ22年以上も在籍していましたが、会社の方針と自分のやりたいことにズレを感じるようになってしまって。いったん立ち止まって自分をリセットしたいと思って、先のことは何も決めないまま退職しました。そんな中、声をかけてくださったのが、藤倉さん(編集部注:UM社長兼CEO藤倉尚氏)でした。
――EMI Recordsのマネージングディレクターという責務への就任を決断された理由は?
【阿木】藤倉さんからUMの社訓は「人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける」と聞いたことが決断の大きな理由でした。良い言葉であることは間違いないですが、ビジネスとして、この言葉を会社の理念として掲げることはすごく勇気がいるし、強いなと感じたんです。同時に藤倉さんという人物にもリーダーとしての強さとエネルギーを感じました。WMJを辞めて、次はどうしようかと考えた時に、「どこで働くか」より「誰と働くか」が大切だと思い、もう一度、緊張感を取り戻して頑張ってみたいと、決断しました。
■音楽が手軽に聴ける時代だからこそ、人のパワーで音楽があることをしっかり伝えたい
――阿木さんが音楽業界に携わられて約四半世紀、音楽の聴き方が多様化し、音楽業界にはさまざまな変化が起きていますが、クリエイターとしての音楽への関わり方やアーティストとの関係性に変化はありましたか?
【阿木】音楽業界の変化としてあげられるのは、CDからストリーミングというように、音楽の聴かれ方やフォーマットが変わってきたことだと思います。でも、それはテクノロジーの変化や進化であって、音楽そのものは変わっていません。人が商品である仕事ということも同じです。ですから、僕自身は音楽作りにおいても、アーティストとの関係性についても変わることなくやってきた気がします。
――A&Rという仕事で、特に大切にしてきたことはどんなことですか?
【阿木】アーティストと共通言語を持つこと。担当するアーティストが好きな作品や影響を受けたアーティストのことを知っているだけで、年齢差やアーティストとスタッフの間柄みたいなものから一歩抜けて、ただの音楽好き同士の会話が楽しめる。例えば、そんな関係になることです。アーティストのルーツや原点に素直に興味が持てて、そこからこんなふうに発展していったのだなということが感覚としてわかることは、アーティストを理解するにあたってはすごく大切ですからね。この点においては、小さい頃から単純に音楽が好きでジャンルを問わずいろいろな楽曲を聴いてきたことがめちゃくちゃ財産になって、今に活きているなと感じています。
――まさにUMの社訓の「人を愛し、音楽を愛し」に通じる考えですね。
【阿木】ただし、同じ音楽好き同士でも、必要なクリエイティブはアーティストとスタッフではまったく違うと考えています。スタッフは、アーティストの特性や良い部分を言語化して掴みやすくしたり、それを外に伝える外交力や交渉力、柔軟さが必要です。そのうえで、自分たちの仕事の利益を考えながら、相手の利益も考えて、関わる人たちの力を最大化して成功の確率を高めることが求められます。何よりスタッフは、アーティストから必要とされる人でなければなりません。特に今の時代、楽曲を世に出すことは誰でもできるだけに、組むに値する人でなければ意味がありません。組んで倍になるくらいではダメで、3倍5倍、もしかしたら、10倍20倍くらいにできなければいけないし、組むことによるメリットデメリットの両方がある中、メリットの方が大きいことをきちんとアーティストに感じさせられることも重要だと思います。
――具体的にはどのような取り組みがクリエイターには必要だと考えていますか?
【阿木】誰が作っている音楽なのか、アーティストや楽曲にまつわるストーリーを伝えることが大切な役目のひとつだと思っています。例えば、今の時代、家に帰ってリラックスしたいとき、プレイリストで曲が流れてきて、誰が作ったかも関係なく、気軽に手軽にさまざまな音楽を聴くことができます。これは音楽が身近になっている反面、その音楽について深く知ることはなく、ただ心地良い感じで流されてしまう可能性があると思うんです。昔は音楽とは特別な才能がある限られた人が作れるものでしたが、今はAIなどの発達によりテクノロジーでも作れてしまう時代ですから、なおさら人にスポットを当てることは重要だと思っています。
――AI時代には、AIには持つことのできない、経験や感性に基づいた表現など人間としてのストーリーがより意味を持つようになると言われていますよね。
【阿木】例えば絵画もそうですよね。好きだなと思う絵があったとき、何の背景も知らなければただそれだけで終わりですが、不思議なもので、どんな画家がどういう時代にどういう場所でどんな思いで描いたかなど、その絵にストーリーが加わるとより深みが増して感じられる。人が実際作っているものだからこそ、作った人間やその人のストーリーが見えると、面白みが増して特別なものになる。音楽をより魅力的にし、文化として発展させるためにも、人のパワーで音楽があるということをよりしっかり伝えるように意識したいと思っています。
――その意味では、アーティストとスタッフのチームワークはより重要になりますね。
【阿木】アーティストごとにやり方を変えることも重要だと考えています。例えば、藤井 風は、とてもしなやかで自由度が高い活動をしていると感じていますが同時に音楽会社だからこそできるダイナミックな展開も実現できていて、とても良い掛け算になっている。Mrs. GREEN APPLEやAdoも、それぞれビジョンやイメージをスタッフと共有できていて、共通言語を持ちながら柔軟な考え方でやっているんだろうなと感じます。強い個性やアーティスト性を保ちながらもマスで成功させるのは難しいことではあるけれど、彼らがそれを成功させているのはすごく良いチームを作れているからだと思います。
■ヒットの基準は10年後も聞かれる音楽、10年後も活躍していられるアーティストであること
――そんな今の時代、“ ヒットの基準”についてはどのように考えていますか?
【阿木】まず楽曲目線では、一過性の流行りではなく、10年後も聴かれる音楽がヒットだと考えています。今は、単純に聞かれる回数がチャートに表れますが、その中には10年前の曲も入ったりしていますよね。それだけの力と普遍性がある楽曲は本物なのだと思います。アーティスト目線でヒットを考えてもやはり10年後もそのアーティストが活躍していられるかどうか。そのためには、ブランディング力が大切で、レーベルとアーティストが組む意味もそこにあると思っています。1曲ヒットを出した後にその人気をどう定着させるか、次に何をやるかやらないのかといった取捨選択など、長期的なブランディングをアーティストとは違う目線でできることがレーベルの価値だと思います。僕は自分が現場で悩んだり迷ったりしたときは、今すぐ飛びつきたくなる気持ちがあっても、10年単位の視点でとらえていくよう心がけています。
――今後、EMI Recordsで