
【音楽】
ロックとオーケストラは共存できるのか?GACKTが挑んだ前人未到の音作り【インタビュー前編】

4月に開催された特別公演『GACKT PHILHARMONIC 2025』で、10年ぶりにオーケストラとの共演に挑んだGACKT。自身の音楽観を育んだ“親”とも言えるクラシックに立ち返り、ロックとクラシックが真に響き合うアンサンブルを追求した。バンドとオーケストラの融合を実現するため、1ヶ月以上にわたる「地獄の作業」と形容されるリハーサルを敢行。ボーカルを含め、すべての音に対して徹底的に手を加えた姿勢が、同公演を収録したニューアルバム『GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー』に凝縮されている。
【ライブ写真多数】バンドとオーケストラの融合!GACKTのライブの模様
■リハーサルの大半が“実験”だった
――ニューアルバム『GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー』についてお話を聞かせていただきたいのですが、まず、クラシックというものがGACKTさんにとってどんな存在なのかを教えてください。
ほかの媒体では聞かれないこういう質問はいいね。クラシックは、自分の音楽観を培ってくれた“親”みたいな存在。もともとクラシックをやってた人間だし。クラシックがあったからこそ、自分のロックの楽曲ができあがってる。今回の『魔王シンフォニー』にも繋がっていく話なんだけど、結局、クラシックとの親和性があるかないかで、オーケストラアレンジがうまく調和するか、アンサンブルとして成立するかが決まってくるんだ。
――親和性の有無というのは、具体的にはどんなところで分かれるんでしょうか?
ボクの楽曲って、基本的に1曲の中で使ってるトラック数がすごく多い。音を重ねるっていう考え方は、すごくクラシック的で。人間の耳で処理できる情報量には限界があるから、人によっては音が多すぎて「うるさい」って感じるかもしれない。でも、音が好きな人にとっては、聴き込むうちにそれまで聞こえなかった音が聞こえてくる。「こんなメロディーが入ってたんだ」って突然気づくようになるんだよ。ボクはそういう作品を作りたいって思ってる。あと、ボクの曲は変拍子も多いし、そういう面でもクラシックとの親和性がある曲が多い。
――10年ぶりにオーケストラを迎えてライブをやろうと思った理由についても聞かせてください
10年前にもオーケストラの楽団とのコンサートをやったんだけど、あのときはオーケストラをバックにライブをやるというもので、「これはボクじゃなくてもできる」って感じたんだ。やっていて、自分の想像を超えてこなかった。でも今回は、どうしたらロックとオーケストラがアンサンブルとして成立するか、それを音的に徹底的に突き詰めたいって思ったんだ。クラシックファンもロックファンも両方感動させるものを作りたかったんだよ。音楽的には、かなり高い点数をつけられる出来だったと思ってる。ただ、ビジュアル的な部分では制約が多くて、想い通りにいかなかったところもあった。
――どんなところが想い通りにならなかったのでしょうか?
クラシックのホールって、規制がとにかく多い。「これはダメ、あれもダメ」っていうのがすごく多くて。もちろん理由はわかるんだけど、たとえばパイプオルガンがうしろにあるような会場だと、演出にかなり制限が入る。そのうえ、お客さんが立って観ることもできない。そういう細かい規制が多いんだよ。もちろん、良いところもある。クラシックホールって、音を届けるためだけに設計されてるから、音の直進性がものすごく良い。多目的ホールとかで演奏すると、音を出したときに何秒か遅れてステージに音が返ってくる。いわゆる“回る”っていう現象なんだけど、クラシックホールは本当によくできていて、音が回らないし、一番うしろまで届くスピードがとても直進的で綺麗なんだ。
――今回の公演にはGACKTさん率いるバンド・YELLOW FRIED CHICKENzが参加されましたが、バンドメンバーたちも同じような音の綺麗さを感じていたんでしょうね。
ボクだけがステージを降りて客席に立って、どういうアンサンブルになってるのかっていうのをずっとチェックしながらやってたからバンドのメンバーは自分たちの演奏で手いっぱいだったんじゃないかな。
――たしかに演奏もシビアそうです。
リハーサルは1ヶ月近くやったけど、それは通常のバンドリハとはまったく違った。普通は演奏のタイミングを合わせるのが主だけど、今回はオーケストラと楽器がいかに“アンサンブル”できるかどうかを詰めるリハーサルだった。
――なるほど…。
そこで一番難しかったのがドラム。客席で聞いてみたときに、ドラムが聞こえないってことで音量を上げると、今度はギターが聞こえなくなる。で、今度はギターを上げて、今度はベースが埋もれて…っていうのを繰り返していくと、音がぐちゃぐちゃになる。で、そこにさらに70人のオーケストラが加わる。誰かの音が聞こえないなんてことは許されないから、アンサンブルとして成立するかどうか、それが今回のライブの最低限のスタートラインだった。実際、オーケストラとバンドのアンサンブルをやったことがあるアーティストも継続できていない。生で聴いても「やっぱりオリジナルのほうがいいよね」ってなる。理由のひとつは、親和性のない曲を無理やりオーケストラアレンジしてしまうこと。もうひとつは、ステージ上で音のバランスが取りきれていないこと。
――後者はどうやって解決したのでしょうか?
まず、エレドラ(エレクトリックドラム=電子ドラム)を使った。ボクはエレドラ否定派だったんだけど、今回は初めて使ってみた。なぜなら、生のドラムでは、その場で音質を変えることに限界がある。シンバルやスネア自体を替えるにしても種類に限りがあるし、ミュートをしたとしても調整の幅が狭い。でも、エレドラなら1音ずつ調整できる。専門テックの方にも来てもらって、音作りを一からやった。例えば、バスドラにしても「大きい音」がほしいんじゃなくて、「抜ける(よく聞こえる)音」が必要だった。どの帯域ならそれが実現できるかを詰めていった。このアンサンブルではスネアが埋もれてしまうっていうときに、スネアが聞こえる周波数帯に音を合わせていける。エレドラではそういう作業ができる。
――科学的なアプローチですね。
だから、リハーサルの大半が“実験”だった。まずドラムの音を作り上げてから、次はベース。ベースもコントラバスの音を邪魔しないように、かつ低音を支える音を探していった。そのうえで、ギターの音もどうあるべきかを決めていくっていう流れだったんだ。
■本当はこんな細かい作業は大嫌いなんだ
――オーケストラとバンドサウンドを両立させるために、どれほど緻密(ちみつ)な作業が求められるのか、改めて思い知らされます。
本当に膨大な時間がかかる。恐ろしい作業だよ。しかもオーケストラって、イントロ、Aメロ、Bメロ、ソロ、アウトロとセクションごとに出力が全然違う。その都度出力バランスが大きく変わる。でも、バンドって基本的にずっと同じ出力で演奏している。それだと、アンサンブルとして成立しない。だから、バンドもそれぞれのセクションで出力を調整する作業をやった。たとえばギターのAメロは3デシベル下げて、Bメロは1デシベル上げて…とかね。そんなふうにすごく細かくバランスを取っていったんだよ。
――それをリハーサルで徹底的に詰めたんですね。
そう。「いかにアンサンブルとして成立させるか」だけに集中してやってた。だから、自分の歌の練習はできなくて、リハが終わってから自分のスタジオでやってた。
――PAチームやバンドメンバー、テックの方々も、それぞれ普段とは違う作業になったんでしょうね。
普通のバンドのPAだったら、たとえば「ギターが大きい、ボーカルが小さい」ってなったら、ボーカルのフェーダー上げてギター下げる、で済むじゃん?でも、今回はトータルで80人くらいの楽器が鳴ってる。その中で、どの音を上げてどの音を下げるかなんて、瞬時に判断なんてできない。だから、リハーサルの目的は「本番でPAが何も触らなくていい状態を作ること」だった。出力調整もすべてリハーサル段階で終えておく。ギターやベースのテックも、セクションごとに同じエフェクトでもそれぞれ出力の違う設定に切り替えなきゃいけなかった。そんなの初めての経験だったよ。
――相当な作業量ですね。
信じられないくらい大変。PAもモニターエンジニアも、みんなこんな細かい調整は初めてで。だから、全員が同じ方向を向いてやらなきゃ意味がない。でも、最初は誰もボクの言ってることを誰も理解できなかった。説明するのも大変だった。
――今ようやく少しわかってきたような気がします……。
理解してもらえて