
【その他】
日本初、リサイクルウールをスーツへの転用に成功『中古品から作った生地は粗悪』のイメージをどう払しょくしたのか?

大量生産、大量消費される衣服を、いかに持続可能なものにしていくのか? その課題に、今アパレルメーカー各社がこぞって取り組んでいる。しかしエシカル食品やマイ水筒など暮らしに近しいアイテムはともかく、衣服に関しては「新しいものがいい」「リサイクル品は品質が悪いのでは?」という先入観があるのも事実。そんな中、青山商事は「ウエアシフトスーツ」の企画に取り組み、糸を紡ぐのが難しいリサイクルウールで日本初のスーツへの転用を成功させた。その製作の過程や、今向き合っている課題について話を聞いた。
【写真】「これでスーツができるのか…」扱いが難しい20番手の太糸→生地ができるまで
■「なかなか脚光を浴びることができなかった」リサイクルウールを取り入れる難しさ
2023年10月、洋服の青山は「終わらない服を作ろう。」をキャッチコピーに、不要になった衣類を回収するリサイクリングボックスを設置。そこから半年後の2024年春、回収したスーツのウールを取り入れた循環型スーツが誕生した。
ウールのリサイクルは繊維の長さが短く、再生が難しいとされているが、今回古くからリサイクルウールを手掛けている愛知県の尾州地区(一宮市近辺)で反毛、紡績、製織、仕上げまで生地の生産を一貫して行っている。「尾州産のリサイクルウールを取り入れたウエアシフトスーツ」は、同社が繊維専門商社「瀧定名古屋」と組んで発売した新商品だ。
青山商事の高橋さんは、このウエアシフトスーツの企画について、次のように語った。
「実現する上での一番の大きな課題は、店頭で回収した商品を集約し、再生可能なものを判別して、綿の状態まで戻して生地を織るというサーキュラーエコノミーの理想を叶えるためのルート構築でした。当社は小売という立場なので、生地や縫製を行う瀧定名古屋さんや回収業者さんとは全くの異業種です。それぞれの事情がある中で、同じ目線で同じ目標に向かって企業様を繋いでいくところが一番難しかったと思います」
今回タッグを組んだ瀧定名古屋は、尾州地区で、SDGsが叫ばれるようになる以前からリサイクルウールを扱ってきた会社である。同社で生地から製品化までを担当した金田さんは、「もう何十年も前からリサイクルウールを扱っておりましたが、どうしても『中古品から作った生地は粗悪』とのイメージが先行して、なかなか脚光を浴びることがなかった」とこれまでを振り返る。
「そんな中、青山さんが循環型リサイクルスーツの取り組みをスタートされて、それが当社のやってきた取り組みと合致しました。今までは東海3県を中心とした回収がメインでしたが、青山さんの日本全国の店舗から回収できるようになったことは、とても意義があると思います。この回収の地域拡大と、多くの方々に『このような取り組みをしているんだ』とわかっていただけたことは大きかったですね」(金田さん)
■スーツの風合いを再現、ラクな着心地を追求…約1年かけて第1号製品が完成
具体的にどのような流れで、服が生まれ変わるのだろうか? まず「洋服の青山」店頭の回収ボックスに入れられた服が、ファイバーシーディ―エム(株)に回収される。この会社で表地ウール100%のスーツのみを仕分けしたものが、(株)サンリードに運ばれる。ここで繊維を一度粉砕して「反毛」という綿状にし、それを紡績工場でリサイクルウールにする(※)。その後、尾州の機屋で生地にし、インドネシアの縫製工場で新たにスーツに仕立てる。こうして製品がまた店頭に戻るという循環型の流れになっている。
回収衣料の表地ウール100%のスーツを仕分けしたものは、表地の部分のみ、人の手によって裁断される。たとえば1着のスーツは大体1.2kgくらいあるが、実際にスーツとして生まれかわるのは、表地のわずか345g。その他は素材、紙、テキスタイルボードとして生まれ変わり、99%が再利用されている。「リサイクルウールをセーターやコートにするのとは訳が違う。“スーツの風合い”に仕上げることの難しさに直面し、かなりの時間を要しました」と、瀧定名古屋で素材を担当する大竹さんはリサイクルウールの扱いの難しさについて話す。
羊の毛の状態から糸を作る場合(一般的にバージンウールと言われる)は、毛足も長く、質の良いものが多い。しかし繊維を細かく分解してバラバラにすると、どうしても繊維が短くなってしまう。ここがリサイクルウールの風合いが悪いと言われる所以だ。繊維の伸縮性や質感も、バージンに比べると劣ってしまうという。リサイクルウールに様々な工夫をこらし、幾度も出し戻しを重ね、スーツの風合いを作り上げていった。
「今回一番苦労したのが、スーツのような上質な見た目と手触り感の再現です。短くなってしまった繊維ですが、織物の縦糸と横糸の本数や、使う糸の種類、太さなどをかなり工夫して企画設計しました。この尾州地区は長年に渡ってウールを手がけてきましたが、ここにある仕上げ工場の技術は世界一だと思っています。その工場で、織り上がった段階ではまだ粗野なものを、トリートメントのような加工をしたり、アイロンプレスをしたり、仕上げでいくつもの工夫を重ね、リサイクルウールの中でもかなりのレベルの風合いまで持っていくことができました。
青山商事さんも非常にこだわりを持っておられますので、何度も仕上げ作ってお持ちして、何度もダメ出しをいただき、さらに改善して…ということを繰り返しました。素直に言うと『リサイクル素材なので、この辺が限界でしょう』と思ったこともありましたが、青山商事さんも諦めずに『もっとこうした方がいい』と本当に長い時間をかけてお付き合いいただきました。普通なら諦めてしまうようなところを、アドバイスと根気で乗り越えることができたので、非常に感謝しています」(大竹さん)
また通常スーツで使う糸は60番手~100番手の梳毛という細い糸になるが、リサイクルウールは20番手という太糸。このスーツを着るときの工夫にも対処する必要があった。
「太糸なので、動かない、伸びないんです。それでスタイリッシュスーツの形を作ると、すごく圧迫感があり、お客様が着づらくなります。伸びない中でどうやってスーツを作るかというのも考えなければなりませんでした。ウエアシフトスーツは少しスタイリッシュというか、身幅もあって、ゆとりを持たせた立体感あるシルエットを採用し、芯地も通常より少なめに使用してソフトな仕立てにしました。パターン(型紙)修正を行って、つき皺が出ないようにしたり、着心地を向上させていきました。品質に見合うスーツにするために5回以上サンプルを作り直して調整しています」(金田さん)
このような話を受けて青山商事・高橋さんは、「取り扱う商品がコートやニットなどであれば、さほど難しくなかったと思いますが、我々が実際に取り扱うのはスーツです。細くて毛並みの揃った素材で、誰もが触っても『スーツの生地だね』という風合いまで持っていくことが、一番瀧定さんに求めたことでした。瀧定さんと我々の認識の違いはあると思いますが、作り手の苦労と消費者が求めるところにはギャップがあり、そこの目線合わせも時間をかけて行いました。今回の取り組みは世界初と言ってもいいと思いますが、さらに本当にお客様に満足して着こなしてもらうために、何回も改善をいただき、今もさらに改善を行っています」。
取り組みを始めて第1号製品の生地が出来上がるまでに、1年ほどの時間がかかった。金田さんは「今回の青山さんとの取り組みで、日本の技術革新が起きたと言えると思います。今までやった再生ウールの商品の中で、間違いなく一番綺麗です」と当時の思いを振り返る。一方、高橋さんは「第1号の生地を手に取った時、すごく複雑な気持ちでした」と本音を吐露した。
「商品を作る上での苦労や難しさは今回の取り組みで同じように経験しましたけど、これを自分で売る自信が100%じゃなかったところが複雑でした。イギリスのような固めの生地を使ったスーツというよりは、イタリアのような滑らかな雰囲気のスーツがウケる中で、この素材が果たして受け入れられるのかどうかという不安感がありました。やっとここまでで来た、このクオリティのものができてしまったからにはしっかり売らないと……喜びと心配が混ざったなんとも言えない気持ちがありました」(高橋さん)
■「10年後にはアパレルの消費動向も変わる可能性が十二分にある」
第1号製品のスーツが店頭に並んだ時、「すごいことをしたんだな」と感じたという高橋さん。「お客様が下取りでお持ちいただく回収量だったり、『これがまたスーツになるの?』という驚きだったり、もしくは『服を捨てるのがもったいないなら、青山に持って行ったらいい』というお声をいただくと、本当にやって良かったという喜びになりましたし、そういった声を増やしていくための啓蒙は引き続き行っていかなければならないと思いました」。
とはいえ、日本市場では環境課題に対する消費者の意識が高くはない。暮らしに近いア