【経済・トレンド】
キットカット=受験生を応援…浸透したからこそ固定イメージにも? 企業のリブランディング戦略

赤い『キットカット』(左)と『オトナの甘さ』(右)のパッケージ


 2010年に誕生し、『キットカット』の新たな柱として成長してきた「オトナの甘さ」シリーズ。発売当時は定番商品の赤色と差別化するために黒色のパッケージが採用されたが、近年は高カカオチョコレートの需要が増加する中、「黒色=苦い・高カカオ」というイメージが固定化し、本来伝えたかった“ほどよい甘さ”という価値観が届かなくなる課題に直面したという。ネスレ日本はこの経験をどう捉え、どう次の一手につなげたのか。担当者に話を聞いた。



【写真】ガンプ鈴木さん、キットカットくらべ1000キロの旅…ゴール間際の様子



■「“単なるお菓子ではない”価値を生み出せた」キットカットが受験生を応援する取り組み



 2003年にスタートしたキットカットの『受験生応援キャンペーン』。キットカットといえば、“応援”のイメージがあり、単なる販促施策の枠を超えて“受験期のマストアイテム”とも言えるほどの文化へと成長した。様々な媒体で明かされている事実だが、きっかけは九州地方の生活者の発信だったという。「きっと勝っとぉ(絶対に勝つよ)」という言葉の語呂が受験のお守りになるとのことから始まった。



 生活者から自発的に発生したこの事象から「お菓子だって人の気持ちに寄り添える瞬間があるのではないか」という問いに気づき、同社はその発信を全国へと広げていった。今では同商品が「多くの人の気持ちに寄り添う存在」となったことを実感しているとネスレ日本の『キットカット』マーケティング担当・佐藤由樹さん。



「単なるお菓子という存在を超えて、お客さまの気持ちに寄り添ったキャンペーンとコミュニケーションを展開してきたことが、“受験応援と言えばキットカット”のイメージにつながったと思っています。グローバルでは受験のキャンペーンはまったくやっていないので、日本独自の感情に寄り添ったコミュニケーションです。単なるお菓子じゃない価値を生み出せたことがよかったのだと思います」



■シックで洗練された“オトナの甘さ”、「大人の○○」商品の先駆けとなった黒パッケージ



 一方、同商品は子どもの頃に食べた“甘いお菓子”という印象が強く、販売数が伸び悩む時期もあった。そのイメージを払拭するために、20~30代の女性をターゲットに「自分のために選ぶキットカット」を提案。甘さ控えめ=苦いではなく、“ちょうどいい甘さ”を提示する形で、『キットカット オトナの甘さ』を2010年に発売した。



「甘いチョコが苦手な方もいらっしゃいます。そんな人たちにとっての定番を作りたいと考えました。中味も試行錯誤し、あくまで大人のお客様が“自分にとってちょうどいい”と感じる甘さという視点で作り上げていきました。“オトナの甘さ”であること、赤色キットカットとの差別化として、発売当時のパッケージは黒色を採用しました」(佐藤さん)



 2010年代以降は、大人が日常のご褒美として食べられるお菓子の需要も高まり、仕事中のちょっとした休憩でお菓子を食べる人も増えていたため、職場で食べても気まずくないシックなパッケージデザインを意識していたという。赤い『キットカット』と対比もしやすく、売り場でもわかりやすいメリットもあった。



「だいぶん幅広い世代の方がお菓子を食べるようになってきていたとはいえ、仕事中のちょっとした休息や気分の切り替えにお菓子を食べるのは、当時まだまだはばかられる空気感があった時代です。でも黒いパッケージでシックなデザインであれば、仕事中に食べても恥ずかしくないですし、後ろめたさも緩和しやすい。発売後は、そのようなお声もあったと思います」(佐藤さん)



 『キットカット オトナの甘さ』は大きな反響を呼び、同商品が抹茶やイチゴなど様々なシリーズへと展開していく足掛かりを作った。また、同ブランドとしての売上も連なるように上がっていったという。同商品のヒットをきっかけに、「大人の○○」とうたった商品も次々と発売され、大人が食べる“リッチ感”や“本格派”といった価値観が醸成されていった。



■「苦くておいしくない」“黒”のイメージが大きく変化しリニューアルを決断



 ところが、2015年以降からコロナ期にかけて、高カカオチョコレートの人気が伸長したことで、事態に変化が起こる。「黒いパッケージ=甘くない、苦い」という認識が強まっていき、『キットカット オトナの甘さ』の本来の価値が伝わらない状態になってしまった。実際に調査でも「黒い=苦い」と想起する人が多かったという。



「黒いパッケージから想像される苦さのレベルが、年々上がっているのを感じました。苦くておいしくない、薬などのレベルにまで想像されるようになってしまっていたんです。黒いパッケージは、他社さんの板チョコレートで結構な苦い味の商品に使われていたり、分かりやすくミルクとビターを認識するためのものとして考えられていたり、こちらが想定する以上にお客さまの中にある黒色で想起されるビターのレベルが上がっていたんです。これらの点から、パッケージが黒色であることで手に取りづらい商品になってしまっていたんだと気づき、パッケージをリニューアルする決断をしました」(佐藤さん)



 ただ、10年以上も黒をトレードマークにしていたため、最初は「黒を残しつつ、ほかの色で苦さを和らげる」という案を主軸に考えていた。ところが、調査を重ねる度に“黒の強さ”が浮き彫りに。そして、「黒を残す限り、本来の価値は伝わらない」結論に達した。



「もういっそのこと黒は止めて、本来伝えるべきである“程よい表現”ができる新しい色を探そうということになりました。1年半という時間をかけて慎重に検証をくり返し、「マルーン(栗色)」という答えにたどり着きました。



 既存のファンの方たちは、「オトナの甘さ」のシック感や洗練されているデザインを好んでくださっていることも分かっていました。ちょうどよくシックさを残しながら、苦さを想起させづらい色として、マルーンカラーがぴったりなのではないかと最終的にはチームメンバーで話し合い決定しました」(佐藤さん)



■「食べていただかないとおいしさは伝わらない」 「キットカットくらべ」開催背景



 『キットカット オトナの甘さ』はパッケージカラーを変えて2025年秋リニューアル発売。黒いバッケージ時代はなかなか手に取ってもらえなかったこともあり、商品の認知度を上げるためには「食べてもらわなくては伝わらない」と考えた。『キットカット』ブランドを統括するコンフェクショナリー事業本部 インツーホーム マーケティング部 部長・村岡慎太郎さんは、通常とオトナの甘さの“食べ比べ”という実体験を軸にした「キットカットくらべ」というキャンペーンを実施した。



「実際に食べていただかないと、おいしさは伝わらない。このキャンペーンを通じて、1人でも多くの人に『オトナの甘さ』を知って食べていただき、『こういう商品もあるんだ。これなら好きかも』という方を1人でもつくりたいという思いで始めました」(村岡さん)



 キャンペーン「キットカットくらべ」では、人力車で世界を駆け回る旅人・ガンプ鈴木さんを起用。ガンプさんが、人力車で旅をしながら2種類のキットカットを配る「#キットカットくらべ日本横断1,000kmの旅」に挑戦した。



 SNSでも拡散され話題となり、たくさんの人に応援され、ガンプさんも応援を返しながら進む旅となった。旅先で出会った人たちとの接点が自然に生まれたことで、ファンコミュニティの熱量もどんどん高まっていき、共創型の広がりを見せる結果となった。



「ガンプさんはとても前向きな人で、『Just For Fun』をテーマに旅をされてきました。本当に人生を楽しみ、困難があっても心の切り替えされています。旅を通して応援されたり応援し返したりしており、キットカットのブランドにすごくフィットした方だとあらためて感じました。



 次回の旅は来年1月スタート、受験生への応援メッセージを集める旅を計画しています。学業の神様・防府天満宮を目指します。旅の途中で会う方々に受験生の応援メッセージを書いてもらったり、直接応援を届けたり、キットカットの受験キャンペーンでやってきたことはずっと大事にしていきたいと考えています」(村岡さん)



■全ては“応援”が軸に 継続的にコミュニケーションを広げていくことが使命



 今後も、同ブランドでは赤い『キットカット』と『オトナの甘さ』の2種を柱にしていくという。甘いチョコレートの味が好きな人にとっては赤い『キットカット』があるように、甘さ控えめの『オトナの甘さ』が“自分の定番”になる人もいる。同じキットカットの中に、複数の“ちょうどいい”があるという形だ。



「人によって、それぞれに“ちょうどいい甘さ”があるので甘さが苦手な方にとっては、いつも寄り添ってくれる存在が『オトナの甘さ』になる。その人にとってのキットカットでありたいで

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