
【エンタメ総合】
なぜ今、“人生再生ロマンス”なのか 絶望から始まる恋愛漫画が映し出す〈令和〉という時代
電子コミックサービス「LINEマンガ」が、2025年に最も支持を集めた作品TOP20を発表した。連載部門では1位・2位を“人生再生ロマンス”作品が独占。裏切り、喪失、離別といった絶望的な状況から、主人公が新たな恋愛や生き方を手にしていく“人生再生ロマンス”は、なぜ今、令和の読者に強く支持されているのか。共感と没入を生む背景と、ランキング上位作が秘める魅力とは。
【画像】”人生再生ロマンス”話題作を見る
■“人生再生ロマンス”は「勧善懲悪」、令和の現実感覚に合わせて組み替えた“舞台装置”
今回の「LINEマンガ 2025 年間ランキング(連載)」では、1位・2位にとどまらず、上位20作のうち半数近くが「人生のやり直し」を軸にしたロマンス作品で占められた。いま存在感を放っている“人生再生ロマンス”とは、理不尽な裏切りや喪失によって人生を踏みにじられた主人公が、新たな出会いや恋をきっかけに、もう一度幸せをつかみ直していく物語群のことだ。その過程で、主人公を踏みにじってきた人々が因果応報を迎える点に、いわゆる“ざまあ系”との共通性がある。
こうした作品群が支持される背景には、先行きの見えない現代社会を生きる人々の、蓄積された疲労感がある。努力しても報われない。理不尽な出来事に涙する。そうした感情は、時代を問わず多くの人が抱えてきたものだ。しかし現代において顕著なのは、「正解ルート」が信じにくくなったことだ。
かつては建前として、「努力すれば評価される」「我慢すれば安定が手に入る」「続けていれば、いつか報われる」という物語が共有されてきた。だが今は、会社が突然消えることも、正当に評価されないことも、心や体が先に壊れてしまうことも、SNSを通じて誰もが日常的に目にするようになっている。
こうした時代の変化によって、「不真面目な悪役が罰を受ける話」よりも、「真面目だった人が壊される話」のほうが、現実味を帯びるようになった。その結果、単なる「成功物語」や「成り上がりロマンス」だけでは、もはやリアリティを感じにくい。物語として成立させるためには、その背景に「一度壊れた人が、そこから立ち上がる」という前提が必要になったのではないだろうか。“人生再生ロマンス”とは、悪を成敗し、報われるべき者が報われるという、日本人に根強い「勧善懲悪」嗜好を、令和の現実感覚に合わせて組み替えた“舞台装置”の一つだと言える。
「現実が厳しすぎて、成功幻想は嘘っぽくなった」「ロマンスは“癒やし”ではなく、“一途な愛を受け取ることで心が回復する物語”へと役割を変えた」「再生は、上を目指す話ではなく、壊れた人生を引き受け直す話になった」「そして何より、読者自身が、やり直しのきかない現実の中で“やり直し”を望んでいる」──そうした切実な感情への応答として、“人生再生ロマンス”は、令和という時代の救済装置として機能しているのではないだろうか。
■“やり直し”のかたちは一つじゃない ランキング上位作に見る再生のバリエーション
ではここで改めて、ランキング上位に入った“人生再生ロマンス”3作品を見ていこう。同じ「やり直し」を描いていても、そのアプローチは実に多様だ。壊れた自己肯定感を恋によって取り戻していく物語、運命そのものを書き換えようとする転生譚、そして理不尽な環境から抜け出し、自ら選び直すことで人生を再構築していく物語──。それぞれの作品が提示する「再生のかたち」を追っていくと、このジャンルが単なる流行ではなく、時代の感情を受け止める器として成熟していることが見えてくる。
●ランキング1位:『枯れた花に涙を』
主人公・樹里は、夫の裏切りによって莫大な借金を背負わされ、子どもまで失い、さらに若い女との情事を目の前で見せつけられる。かつての輝きや生きる気力を失い、感情を押し殺して日々を過ごしている女性だ。そんな彼女の前に、「大人の恋を教えてください」と静かに現れるのが、年下の美青年・蓮。危うさと従順さを併せ持つ彼の存在が、凍りついた樹里の心に少しずつ変化をもたらしていく。
身勝手な夫の態度には、コメント欄で「ゆるせない!」「お前が働け!」などストレス発散(?)をする読者が多数。だがそこに現れる容姿端麗で樹里に一途な蓮には「メロい」など、皆がデレデレに。健気に、見返りを求めず生きてきた樹里は、本来なら誰よりも報われていいはずの女性だ。しかし、長い不遇のなかで自分を「おばさん」と卑下し、自身の魅力を正しく見られなくなっている樹里は、ある意味で“壊れてしまった”存在として描かれる。だが蓮は、そうした彼女の過去も含めて受け止め、向き合い続ける。
年齢や立場を理由に「もうやり直せない」と思い込んでいた樹里の心が、蓮との関係を通して少しずつほどけていく。その過程で生まれる静かなカタルシスこそが、本作の大きな読みどころだ。周囲からのストレスが強く描かれる分、癒やしがより際立つ一作と言えるだろう。
思わぬことで命を失った主人公・百合子が目を覚ますと、自身が読んでいたWeb小説の世界。しかも夫に殺される運命の悪女役だった──。ここまでは、よくある「悪役令嬢もの」なのだが、この作品の秀逸な点は、そのテンプレ感を生かしながら、「この展開ならこう来る」というフラグとは違う、未知のフラグがどんどん立っていき、「私が読んでいた物語からどんどん遠ざかっていく」というドキドキ感が高いことだ。
Web小説では描かれなかった裏設定や、人物なども登場し、ヒロインはそれでも、自身の破滅する未来を回避するために、生まれ持った素直さで、破滅フラグをへし折っていく。そんな彼女の望みは、現世で報われなかった分、伯爵の子息に嫁いだ身として、優雅な生活を送ること。お約束通りの展開かと想いきや、主人公の知らなかった派閥抗争が裏で展開されていき、それらがじわりじわりと、牙を向きながらヒロインへとにじり寄っていく…その見せ方が見事だ。
百合子が転生したエディット嬢は周囲から“悪女”的に誤解されているため、その誤解を解いていくさまも楽しいのだが、それを邪魔するように背後で動くさまざまな陰謀で、百合子の素直さが浮き彫りになるとともに、テンプレなのに展開が読めないという構造がなんとも憎い。読者コメントにも「何周もしている」といった声が相当数上がるほどに伏線も多く、転生ファンタジーものの「非現実感に浸れる」という楽しみ以外に、サスペンスとしても秀逸な作品だ。
●ランキング10位『再婚承認を要求します』
皇后となるための教育を受け、皇帝と政略結婚した“完璧な皇后”ナビエ。しかしある日、皇帝は奴隷出身のラスタに一目惚れし、彼女を「皇帝の側室」という地位にまで引き上げる。やがてラスタは皇后の座を望むようになり、皇帝に懇願。その結果、ナビエは理不尽な離婚を言い渡されてしまう。今までの努力が水の泡になったことを悟ったナビエは離婚を決心し、隣国の皇后になるために西王国の第一王位継承者・ハインリとの再婚承認を要求し――!?
皇帝とナビエは政略結婚ながら、幼なじみとして気心の知れた関係にあり、周囲からもお似合いの夫婦と見られていた。穏やかな日々が続いていたなか、突如現れたのがラスタだ。一見すると無邪気で素直な少女だが、その振る舞いには計算された“あざとさ”が感じられる。
コメント欄には、ラスタの言動や彼女に肩入れする皇帝の対応に戸惑いや違和感を覚える声が相次ぎ、その対比として、理性的に立ち振る舞い続けるナビエへの共感が次第に集まっていく。こうした感情の流れは、のちの“ざまあ”展開を際立たせるための巧みな構成であり、物語が進むにつれて、ナビエの評価は高まっていく。
そして、ナビエとハインリとのなれそめがなんともロマンティックなことにも注目だ。それは鳥を使った手紙での文通。遊び人で有名なハインリの思わぬ古典的で一途なアプローチのギャップ、さらには、ラスタのあざとさの裏を見抜く頭の回転の速さも相まり、読者は否応なくこの二人の恋の行方を見守らざるを得ない。だが賢く気高いナビエは、なかなかなびかず、その辺りのやり取りでも魅せてくれる逸品だ。同作品は、韓国ドラマとして実写化され、2026年にDisney+で独占配信予定でもある。
この3作品を通して見えてくるのは、“人生再生ロマンス”が単なる恋愛や復讐の物語にとどまらないという点だ。いずれの主人公も、正しく生きようとした末に傷つき、自己評価を失った(あるいは失いかけた)存在として描かれている。そして物語は、「愛」や新たな出会いをきっかけに、彼女たちが自分の人生を引き受け直していく過程に丁寧に寄り添っていく。
そこでは、華やかな成功や劇的な逆転よりも、「壊れてしまっても、人の価値は失われない」という感覚が静かに、しかし確かに共有される。やり直しのきかない現実を生きる読者にとって、この感覚こそが強い共感を呼び、“人生再生ロマンス”というジャンルが、今の時代に深く根を下ろしてい











