【エンタメ総合】
阪神・淡路大震災31年…震災後に生まれたディレクターが特番制作・長文で想い カンテレ1・17『この瞬間に祈る』

カンテレ特別番組『この瞬間(とき)に祈る』(C)カンテレ


 カンテレは、阪神・淡路大震災から31年となる1月17日、特別番組『この瞬間(とき)に祈る』(前5:25~5:55 ※関西ローカル)を放送する。



【写真】阪神・淡路大震災から31年 各地の様子



 同番組は、震災翌年の1996年からタイトルを変えることなく、発災時刻の午前5時46分に合わせて放送し、震災の記憶と教訓を後世に伝え、追悼の時間を共有してきた。今回は「鷹取地区(神戸市長田区)」「森南地区(神戸市東灘区)」「西宮市立高木小学校」、そして「東遊園地(神戸市中央区)」から中継を結び、その姿を届ける。



 カンテレの局内も、震災後に生まれた“震災を経験していない世代”の割合は約2割にのぼる。ディレクターを担当する報道センターの中橋美樹氏は、震災後の2000年生まれ。このほか、制作スタッフの多くが“震災を経験していない世代”となった。その上で、中橋氏は特別な意義を語る。



■鷹取地区(神戸市長田区)

地震後、火災が多発し、倒壊した建物によって道がふさがれ、消火活動が間に合わず、地区のほとんどが焼失した。震災の翌年から慰霊祭が続けられている。

慰霊祭を続ける自治会長は「“心の復興”というのは災害に遭われた方にとってそう簡単なことではありません。だからこそこういう集まりが非常に大事だと思います」と語った。



■森南地区(神戸市東灘区)

森南地区は、建物の8割が倒壊するなど甚大な被害を受けた。震災から20年が経過したタイミングで「慰霊祭」は行われなくなったが、慰霊碑のある公園に人々が集まり、追悼が続けられている。



■西宮・高木小学校

震災で本学校に通う児童5人が亡くなった。校内には、亡くなった方々の冥福を祈る気持ちやこどもたちに強く生きてほしいとの願いが込められた「復興の鐘」が震災の半年後に設置され、その後毎年有志の児童たちによって鐘が鳴らされている。番組では、震災で亡くなった児童の兄・津高智博さんの思いとともに祈りの時間を伝える。



■東遊園地(神戸市中央区)

神戸市の中心に位置する東遊園地。毎年多くの人が集まって追悼や復興を祈念する場となっており、「慰霊と復興のモニュメント」には震災犠牲者の名前が刻まれた銘板が設置されている。番組ではろうそくの明かりのもと、追悼の祈りがささげられる様子を中継する。



■番組担当ディレクター 中橋美樹 コメント全文

――ディレクター担当が決まった当初の気持ちはどうでしたか。

責任感を強く感じたとともに、自分が取材できるのか不安がありました。

私は兵庫県で、震災から5年後の2000年に生まれました。いわゆる「震災を経験していない」世代です。私の母親が当時、神戸・三ノ宮の会社に勤務していて被災したという話は聞いたことがあるものの、直接は経験していません。そんな自分で務まるのか不安がありました。

ディレクターをさせてもらうことが決まり、震災当時から取材をしている記者やカメラマンの先輩と一緒に、挨拶を兼ねてご遺族や被災者の方にお話を聞かせていただく機会をもらいました。過去の放送を見て、本を読み、「人と防災未来センター」などにも行って、できるだけ当時起きたことを頭に入れてからお伺いしましたが、聞かせていただいたのは知らないことばかりでした。直接語られる話には、言葉では言い表せない重みがありました。

私は、テレビ局の記者として、できるだけ多くの人にご遺族や被災者の言葉を、テレビを通じて発信し続ける責任があると感じました。



――30年で、“節目を迎えた”と捉える人もいますが。

取材相手の方に「もうすぐ震災“31年”ですが、心境は変わりましたか」と聞いたことがあります。その方は「これからも何も変わらない。やることは一緒」と答えられました。その一方で、「(行事の)参加者は少なくなってきている」ともおっしゃっており、とても印象に残りました。

背景には被災者の高齢化が進み、世代交代が進んでいることがあるといいます。震災を経験していない世代が増え、「記憶の継承」が難しくなってきています。餅つき大会を主催する自治会長は忘れ去られることが怖いと話していました。

この方は、大学生たちに、当時の悲惨さを話す活動もしています。私は同じ震災を経験していない世代のディレクターとして、思いを伝える手助けをしたいと思いました。



――『この瞬間に祈る』をどう受け継ぎ、さらにどうつなげていきたいと思っていますか。

先日、神戸市にご挨拶のため訪れました。長田区・鷹取地区で餅つき大会が開催されていて、そこには地元の中学生や、ボランティアとして訪れていた大学生が自主的に餅つき大会に参加していました。被災した住民の方々と混じって、餅を力強くついていました。

みんなが声をかけ合う、あたたかい雰囲気の空間でした。学生たちは住民の方に積極的に話しかけていて、あの日の記憶を継承したいという意思があると感じました。被災者の方の話を聞いて、「自分が伝えていかないと」と思ったとも話していました。

番組では今でも集いを続けている「鷹取地区」「森南地区」「西宮・高木小学校」、そして「東遊園地」から中継をつなぎます。

集いがなくなってしまったところや、遠方に住んでいる人、外出できない人にとっての時間を共有する場に、そして私のような被災していない人には、改めて考えるきっかけとなればと思います。視聴者の皆さまには、『この瞬間に祈る』を見て、ご遺族や被災者の方の声に耳を傾け、追悼の時間を共有していただければ幸いです。

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