
【映画】
早川千絵監督「言葉で説明できない映画を撮りたい」 大島渚賞受賞を河合優実が祝福
映画監督の大島渚(※渚=点が入る旧字体)の名を冠した映画賞「大島渚賞」の第7回受賞者に、映画『ルノワール』の早川千絵監督が選ばれ、22日に東京・丸ビルホールで記念上映会が行われた。審査員長の映画監督・黒沢清氏、対象作品に出演した河合優実も登壇。上映後のトークでは、作品の衝撃や創作の背景、俳優としての向き合い方などが語られた。
【画像】「第7回大島渚賞」対象作品『ルノワール』場面写真
「大島渚賞」は、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が2019年に創設。映画の未来を切り拓き、世界へ羽ばたこうとする若い映画人の功績を称えるもので、今回が7回目の開催となった。
上映後のトークで黒沢監督は、『ルノワール』を初めて映画館で観た際の衝撃を振り返った。「この映画を昨年、映画館で観て、本当に驚きました」と切り出し、世界中の子どもたちが涙を流す映像や、少女が殺される映像などが飛び出す冒頭のシーンに触れて、「こんな風にはじまる映画を観たことないと思ってビックリ仰天でした」とコメント。
そしてそれは主人公の少女フキが読んでいた作文だったことが明らかになり、「相米慎二が得意としていたひと夏の冒険といった構造からはじまるのかなと思っていたんですが、そこから相米慎二とはかけ離れていきます。主人公が経験するひと夏というのは、人間が一生で味わうであろう、多くの悪意と残酷さと嫌悪、それから死ですね。それらが連続的に立ち現れてくるわけですが、そのうちのいくつかは彼女自身が積極的に引き起こしているというのが本当に恐ろしくて。しかし、それこそが魅惑的なひと夏の経験ものになっていたということで大変感動し、衝撃を受けました」と作品の独創性を称賛した。
続けて、「この物語では、死に関係する恐ろしいことが次から次へと起こるわけですが、どういう風にこれだけのものを詰め込み、この物語を発想したんですか?」と早川監督に質問。
これに、早川監督は「この映画の脚本を書き始めたときは、自分がどういう映画をつくりたいのか、わからずに書き始めたんです。あえて言葉で説明できない映画を撮りたい。言葉にできないけど、自分の心を激しく揺さぶられるような映画をつくりたいと思ったんです」と答えた。
早川監督自身、子どもの頃から映画を撮りたいと思っていたというが、その理由について「おそらくその時に感じていた胸の痛みや寂しさといった、そういう欠落しているものを埋め合わせるものとして、当時、映画というものがあったような気がしていて。その時の感覚を思い出してつくりたいなと思ったんです。『ルノワール』に関しては、いつかこういう映画をつくりたいと思っていて。子どもの頃から考えていたシーンを。それはバラバラなエピソードだったんですけど、それを書き連ねる、というところから始めました」と振り返った。
制作過程は手探りだったという。「編集の段階でようやくこういうことが言いたかったのかなということがおぼろげに見えてきた作品だったんですけど、実際にこうやって完成して。今、黒沢監督がおっしゃってくださったような言葉を聞いて、ああ、こういう映画だったのかと。自分でも腑に落ちた」と語り、創作の不確かさと発見の喜びを率直に語った。
中でも黒沢監督が感銘を受けたのが、フキの「死」に対する向き合い方だったという。「フキはいろいろな人の死に接するわけですが、決して悲しまないですよね。映画の冒頭からして『人は死ぬとなぜ悲しむのか』という疑問から始まっていて。さまざまな経験を経て最終的には『人が死んでも必ずしも悲しむ必要はないのだ』という、非常に強烈なメッセージを獲得するに至る。そういう物語なのかもしれないなと思いました」と指摘すると、「世の中には、人が死んで悲しいという物語が山のようにあふれていて、うんざりしていたんですけど、その中でよくぞ人が死んで悲しくないという映画をつくってくれた。本当にそこは痛快だった」と評価した。
河合が演じたフキと同じマンションの住人も同様に「(フキに誰にも話せずにいた秘密を打ち明ける場面は)よくあるお芝居ですと、最後に泣き崩れるんですけど、彼女は一切泣かないんですね。非常につらい苦しみであったことはわかるんですけど、フキが疑問に思ったように、別に悲しいわけじゃない。わかりやすく悲しい感情とは少し違うように見えたんです。あれは監督の指示ですか?俳優さんって隙あらば泣こうとするじゃないですか?」と冗談めかして、会場の笑いを誘った黒沢監督。
演じた河合は、「泣くというゴールではない設計図をもとにシーンを考えてました」と笑顔で返し、「早川さんは時間を取ってくださる方で、現場に入る前に一度お会いして、そのシーンについて考えるという機会をつくってくださった。そこではフキ役の鈴木唯ちゃんといたんですけど、3人でいろいろなトライをして、一緒に探していきました。その時は泣くという選択肢は出なかったんですけど、リハーサルではいろんな挑戦をしました」と語った。
そのシーンで黒沢監督がユニークだと感じたところとして、女性の深刻な身の上話を聞いていたはずのフキが、途中で飽きたのか、ベランダの方に行ってしまうところだった。「フキは全然話を聞いてなくて。事実上、河合さんの独り言のようになって。自分の過去を、誰に向かってでもなくしゃべるわけです。あのお芝居は難しくなかったですか?」と質問。
河合も「思い返してみると、催眠術ごっこをしたい子がいて。それを受け入れて催眠術にかかったふりをしてあげる、というところからスタートして。なぜかわからないけど、途中で本当に、ほぼ催眠術にかかったような状態になって。自動的に自分の口から話が出てくるようなゾーンに入ってしまった。それでひとりでしゃべってたと思うんですけど、唯ちゃんが勝手にどこかに歩いて行っちゃうのもリハーサルの中で見つかったことでした」と明かした。
その流れで「俳優さんにとって、ワンシーンだけのゲスト出演というのは楽なんですか?それともつらいものですか?」と質問した黒沢監督。それに対して「難しいですね」と返した河合は、「やっぱり自分の目が届く場所がそのワンシーンしかないので。あんまり見渡せない。結局自分の役と、自分が関わるシーンをより良くする、ということに一番重きを置くことになるので、それが難しい」と話した。
さらに黒沢監督は、劇中に散りばめられたエピソードのおそろしさについて言及。「友達の家で父親の浮気の証拠を、遊びを装ってわざと当ててみせて反応を見たり、父親の病室で隣のベッドで寝ているおじいさんの手を握って孫のふりをしたり。友達の家に行ったら、そのお母さんがフキの靴下を汚そうにビニール袋に入れたり。入院したリリーさんが久しぶりに家に帰って、明かりをつけたら喪服がかかっているとか。どれもほとんどホラー映画のネタですよ。1つとして心温まるいい話がない。それをあえて『これって普通ですよね』と提示しているところがすごい」と指摘すると、会場もドッと沸いた。
早川監督は「怖がらせようと思って書いたわけではなく、単に自分が好きなんでしょうね。そう言われると、ちょっと自分が心配になってきますね」と苦笑い。「この映画も、何の事前情報も知らずに来ると、心温まる子どもの家族の話だと思うかもしれない。でも自分としてはこれが割と普通の感覚で。みんな多かれ少なかれこういう感じを持ってるんじゃないかなと思って入れたんですけどね」と振り返ると、「普通の感動的な物語に素直に感動できない自分がいて。ひねくれているなと常に思っていました」とコメント。黒沢監督も「少数派同士、がんばりましょう!」と笑ってみせた。
河合もフキと自分自身を重ね合わせて見ていたと語り、「やはりやってはいけないことをやりたくなったり、いい結果にならないと思っても手を出してしまう気持ちはすごくわかります。その結果悪いことが起きても、言葉にはできない。それは子どもだからだし、わたしは大人になっても全然言葉にできない。自分の中でも言葉にできないことがそのまま映像に残っていたのが好きでした」とコメントした。
さらにトークは、映画監督という職業の在り方にも及んだ。早川監督は「子どもの頃、映画監督といえば、黒沢監督のように何でもわかっていて、スタッフがその監督のために動くような、人間的な魅力があって、ブレない存在だと思っていましたが、それと自分自身がだいぶ乖離(かいり)しているなと思っていたので、自分が映画を撮ろうと一歩を踏み出すのにすごく時間がかかりました」と告白。しかし「いろんな監督がいるとわかり、自分の思い描いていた“いわゆる映画監督”じゃなくても映画はつくれるんだと気づいた」と語り、黒沢監督も「僕でもできているんですから大丈夫ですよ。誰でもやれるみたいですよ、監督って」とユーモアを交えて励ました。
一方、河合は俳優としての原点について「元々ダンスを習っていて、ステージの上でみんなでつくったものを披露するのがすごく楽しかった」と振り返り、「最初は誰か他人を演じるというより、パフォーマンスすること、芸を披露すること











