フジクラの始まり、19世紀の電線製造

光ファイバー大手。社員数はグループ全体で約5万人。1885年に藤倉善八が電線を東京・神田で製造したのが起源。電線事業を柱に成長したが、現在は連結売上高の約半分を光ファイバーなどの情報通信事業が占める。(共同通信=浜谷栄彦記者)
1893年、ゴムで覆った電線の生産を日本で初めて開始。1910年に藤倉電線を設立した。1923年、完成して間もない深川工場が関東大震災に襲われた。揺れの被害は軽かったが、当日夜の火災で全焼した。
再建した深川工場は1945年の東京大空襲で全壊。多くの犠牲者を出した。1973年の石油危機を受けた電力使用制限などの影響で電線需要が急減し、経営に痛手を被った。
光ファイバーは1976年、光信号の伝送効率が良い製品の開発に成功。電線以外にも電子材料、光通信、自動車部品などに事業領域を広げ、1992年、社名をフジクラに変えた。
近年は生成人工知能(AI)の普及といったデジタル化の進展でデータセンターが増えるのに伴い、光ファイバーをはじめとする光関連製品の需要が拡大している。
(共同)