1900年の海外印刷技術の事業化が始まり
印刷大手の「TOPPANホールディングス」は、明治政府が招聘し旧大蔵省印刷局で紙幣彫刻を指導したエドアルド・キヨッソーネ門下の技術者らが1900年、現在の東京都台東区で「凸版印刷」を設立したのが始まりだ。門下の木村延吉や降矢銀次郎にはキヨッソーネが伝えた最新印刷技術を事業化し、優れた印刷物を民間に供給するという志があった。(共同通信=出井隆裕記者)
創業当初、たばこの外箱の印刷で経営の基盤を固め、会社設立の目的であった有価証券の受注にも成功。大正時代に入って大衆文化の発展とともに印刷物の需要が増えると、新技術導入や生産能力拡大で印刷業界をリードした。
太平洋戦争後は週刊誌創刊ラッシュといった出版業界の活況に対応したほか、食品や日用品に使う高機能の包装材を供給したのが成長の原動力に。印刷技術を電子部品製造に生かしエレクトロニクス分野にも参入した。
2023年の持ち株会社移行に合わせて創業以来初の社名変更を実施。経営の多角化に伴って印刷事業の割合が下がり、グローバル化で海外売上高比率が上がったため現在の社名を採用した。
社員14人の半数がデザイナー。見栄えのする誌面で地域の魅力的な人々を紹介している。「紙で表現した方が伝わる面もある。人の手に届けて、町を面白くしたい」
× ×
紙媒体の不振 出版科学研究所(東京)によると、2025年の紙の出版物(書籍・雑誌)の推定販売金額は9647億円。ピークの1996年から6割減った。
(共同)











