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JCO臨界事故15年 東海村 死亡2作業員に黙とう

職員約150人を前に訓話する東海村の山田修村長(手前)=村役場
職員約150人を前に訓話する東海村の山田修村長(手前)=村役場


東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)で起きた国内初の臨界事故から30日で、15年を迎えた。国内の原子力開発史上初めての犠牲者を出し、「原子力安全神話」が崩れたと指摘された大惨事だが、風化もささやかれる。同村の山田修村長はこの日、職員約150人を集め、「原子力関係者にはあらためて安全が何よりも優先することを肝に銘じてほしい」と語った。

村役場で、職員は臨界事故で亡くなったJCO作業員2人に黙とうを捧げた。山田村長は「東京電力福島第1原発事故で原子力への国民の不信は大きなものとなった」とした上で、「常に初心に帰り、技術を過信せず、あらゆるリスクを再認識しないといけない」と強調した。

原発事故を想定した広域避難計画づくりにも触れ、「事故を経験した東海村だからこそ、徹底した安全意識の向上に努め、村民の安全と健康を守るという使命を果たしていかなければならない」と決意を示した。

事故は1999年9月30日に起きた。JCO東海事業所の転換試験棟でウラン溶液の混合作業中、規定を大幅に上回る量の溶液を沈殿槽に投入したため、核分裂反応が連続する臨界が発生。沈殿槽は「裸の原子炉」となり、約20時間にわたって中性子線を放ち続けた。

この結果、作業員2人が死亡、住民ら660人以上が被ばく。村独自の判断で、半径350メートル圏内の住民に避難要請が行われた。国際原子力事象評価尺度による評価はレベル4で、福島第1原発発生まで国内最悪の原子力事故だった。国や行政の対応の遅れも問題視され、事故をきっかけに原子力災害対策特別措置法が制定された。

JCO東海事業所には現在、約30人が在籍する。補償対応も一段落し、親会社の住友金属鉱山の支援の下、ウラン廃棄物の保管管理と設備の保守点検作業を続ける。今後は、使われなくなった旧加工設備を撤去し、放射性廃棄物の長期保管に耐えられる体制を整える計画だ。この一環として、JCOは11月にも、微量のウランを含む油類(200リットルドラム缶で約500本分)と、作業着などの可燃性廃棄物(同約200本)の焼却処分を始める。

   (戸島大樹)



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