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竹内百太郎の生涯紹介 水戸藩・天狗党総裁 藤田小四郎が贈った刀も 茨城・かすみがうら市歴史博物館

水戸藩の藤田小四郎から竹内百太郎に贈られた日本刀「祐定」を解説する千葉隆司館長=かすみがうら市坂
水戸藩の藤田小四郎から竹内百太郎に贈られた日本刀「祐定」を解説する千葉隆司館長=かすみがうら市坂


1864(元治元)年に尊王攘夷(じょうい)を唱え筑波山で挙兵した水戸藩の天狗(てんぐ)党総裁の一人で、茨城県かすみがうら市出身の竹内百太郎を紹介する展覧会が、同市坂の市歴史博物館で開かれている。会場には竹内家の系図や、挙兵の際に水戸藩士の藤田小四郎から贈られた日本刀「祐定(すけさだ)」など初公開資料を含む約100点が展示されている。同展は7月15日まで。

同展は筑波山挙兵から160年の節目を記念して企画され、竹内家から寄託された史料も多数並ぶ。

百太郎は1831(天保2)年に安食村(同市安食)の旧家の長男として生まれた。竹内家はしょうゆや酒の醸造を営む一方で、家伝の秘薬「神應丸(しんおうがん)」を作り、広く販売していた。

青年期には水戸藩の藩校・弘道館で水戸学などを学んだ。江戸で商売をする傍ら、北辰一刀流の千葉周作道場や西洋砲術家の佐久間象山にも出入りして文武の修練を積んだ。交友を通して尊王攘夷の思想を醸成させ、天狗党3総裁の一人として一派を統率した。

同展は水戸学の始まりや百太郎の生涯を資料などで紹介するほか、家族に書き残した「箏曲 菊水の一節」を展示。菊水は楠木正成と息子正行の別れの場面を描いた曲で、百太郎が家を出る際に書き残した。正成にならって尊王の精神で活動したことを物語っている。

日本刀の「祐定」は竹内家から同博物館に今年寄託された。筑波山挙兵に備える中で、小四郎が百太郎に贈ったとされる。雲のような刃文が特徴で長さ約67センチ。備前国(びぜんのくに)(岡山県)の長船(おさふね)派の刀工により、1511(永正8)年に制作された。

千葉隆司館長は「天狗党の挙兵は日本が大きく変わるきっかけとなる出来事。楠木正成の公の精神が水戸藩に浸透し、志士の見本となった。このような歴史があったことを多くの人に知ってもらいたい」と来場を呼びかけている。

月曜休館(祝日の場合は翌日)。入館料は一般220円、小中学生110円。6月30日には千葉館長の記念講演会を予定している。



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