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今に伝える戦時の姿 老朽箇所の保存課題 鹿島海軍航空隊跡 公開1年 茨城・美浦

鹿島海軍航空隊跡地で展示資料を見学する来場者=美浦村大山
鹿島海軍航空隊跡地で展示資料を見学する来場者=美浦村大山


茨城県美浦村大山の鹿島海軍航空隊跡地が一般公開されてから22日で1年を迎える。週末のみの公開にもかかわらず入場者数は5月末時点で7300人。戦争当時の姿そのままを残す建物が多く、特徴の一つとなっているが、施設の一部は老朽化のため立ち入りできない状態が続いている。

鹿島海軍航空隊は1938年、同県阿見町にあった霞ケ浦海軍航空隊から水上部隊が移転し開隊。予科練を卒業したり、大学在学中に志願したりした20歳前後の若者が入隊し、霞ケ浦で「九三式中間練習機(赤とんぼ)」などの操縦訓練を行っていた。

戦後は東京医科歯科大が97年まで敷地東側の建物を病棟として利用。その後は訪れる人も少なく、草むらに基地施設が点在する状況が続いていたが、村は跡地のうち航空隊跡地を含む4ヘクタールを大山湖畔公園として存続させることを決めた。

公開されているのは、同隊幹部らが使った本部庁舎1階、国内では現存数の少ない旧式ボイラーを有する汽缶場、自力発電所の計3棟。本部庁舎内では同隊の歴史や所属隊員を紹介し、実際に使われた帽子や時計も展示する。

特徴の一つは建物に残るさびた天井やむき出しの鉄骨など当時の雰囲気で、見学者からは「手つかずで残る戦争遺跡は全国でも珍しい」との声も。今年2月の米アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」のロケ地としても活用された。

来場者の多くは家族連れや自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」を利用するサイクリストたち。指定管理者の「プロジェクト茨城」は「次第に認知されてきた」と手応えを感じているという。

ただ、本部庁舎のうち2階は雨漏りや壁が崩れる恐れがあるため、公開当初から立ち入り禁止の状態。老朽化する建物の修復については見通しが立っていないのが実情という。

施設修復について、美浦村は「200万、300万円で済むものではなく、事業は大がかりになる」としており、現在までに見通しは立っていない。

同プロジェクトの金沢大介代表(53)は、1年間の入場者数について「7000人を超え、美浦村の観光地として確立してきた」と評価。今後については「建物を継承するには村だけでは厳しい。県や国に働きかけて、保存に力を入れたい」と話した。



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