《衆院選2024》茨城7区 中村勇太氏 父譲りの戦法浸透
無所属新人の中村勇太氏が、自民前職の永岡桂子氏との一騎打ちを制した。出馬表明は9月下旬だったが、立民支持層を固め、自民支持層も取り込んで超短期決戦を乗り切った。連合茨城、立民県連の応援も得て支持を拡大した。
古河市選出の元県議で、同市以外での知名度は低かったが、引退した父親の中村喜四郎氏の強力な後援会を引き継いだ。地域をオートバイで細かく回り、父譲りの戦法で浸透させた。若手事務長を紹介するビラも作り、若年層にも訴えた。
「県議時代の6年間で街頭に1925回立った」と地元重視を強調。陣営は「比例復活がなく背水の陣だ」と引き締めた。
自民の裏金問題については「政治資金パーティーは企業・団体が合法的にお金を渡す儀式。議員は比例名簿の上位登載を目指し、永田町ばかり見ている」と批判。浮動票を取り込んだ。
【略歴】自動車学校役員。当選1回元県議、中村喜四郎事務所公設秘書。成蹊大法学部卒。古河市本町
■中村氏、初陣飾る 永岡氏は比例復活
7区は元県議で無所属新人の中村勇太氏(38)が、元文部科学相で自民前職の永岡桂子氏(70)を小選挙区で下し、初陣を飾った。
選挙事務所に27日午後10時20分ごろ、大票田の古河市の確定票がボードに張り出され、「わーっ」と大きな声が上がった。同26分ごろ、中村氏が姿を現すと、大きな拍手が会場内に響いた。
中村氏は「今回の選挙は時間がない中、多くの人に支えられた。オール自民の県議や首長が相手候補に付いたが、皆さまの協力があり、あり得ない勝利をつかんだ。結果に見合う人間になるよう成長したい」と喜びを語った。
支援者らを前に、「次のステップは始まっている。明日の朝も駅に立ち、地元を歩き皆さまの声を聞く」とし、「国家国民のために」を3回繰り返した後、「国家国民のために最後まで頑張っていく」と声を張り上げた。
中村氏は「38歳の挑戦者」と若さを強調し、交流サイト(SNS)や動画サイトなどインターネットを活用し、若者に訴えた。立民県連、連合茨城の支援を受け、終盤戦の25日夜には立民の岡田克也常任顧問が駆け付け、「横一線だ。相手を突き放そう。若い候補者を育てていこう」とてこ入れした。
7区は、政界引退した父中村喜四郎氏と永岡氏が過去6回の選挙で激しい争いを繰り広げてきた。喜四郎氏は表に出ることはなかったが、演説会で「支持者のところをお願いに歩いている」というメッセージが読み上げられた。
祝賀会直後の記者会見で、「得票に喜四郎さんの影響はあったか」と問われると、「多少は影響あった。ただ本人が努力しないと票は入らない」と語った。国会での活動方針については「福島伸享さんとともに選挙制度改革を進めていきたい」と話した。
自民前職の永岡氏は接戦の末に敗れたが、比例北関東ブロックで復活当選した。「政治とカネ」の問題で自民党に逆風が吹く中、過去6回戦ってきた喜四郎氏から地盤を引き継いだ長男との一騎打ちだった。「三つの壁が立ちはだかっている」と危機感を持って臨み、街頭では「裏金なし。クリーン」と主張。国や県とのパイプを強調したが、票をまとめ切れなかった。
永岡氏は「私の不徳の致すところ。これだけのご支援をいただき、大変申し訳ありませんでした」と述べた。