茨城・日立妻子6人殺害 「上告棄却」遺族うなずく 住民「命は返らない」

茨城県日立市の自宅で妻子6人を殺害し、放火した罪などに問われ、一、二審判決で死刑を言い渡された無職、土肥(旧姓小松)博文被告(40)に対し、最高裁第2小法廷は21日、上告を退ける判決を言い渡した。傍聴席では母と子の遺影を持った遺族や関係者が静かにうなずく姿が見られた。死刑が確定することになった同日、事件の現場周辺では当時を知る住民が「母子6人の命は返らない」と話した。
この日、最高裁の整理券交付会場には、109人が44の一般傍聴席を求めて列を作った。
開廷すると、草野耕一裁判長は判決理由から読み始めた。判決が言い渡されると、傍聴席では、亡くなった母子の大きな写真を持った遺族らが静かに何度もうなずいた。判決文が読み進められると、涙を流す姿が見られた。
事件があった日立市田尻町の県営アパートは現在、建物の老朽化が進み、棟内の部屋は空き家となっている。県によると、事件後、入居者の募集を停止しているという。
この日、近所に住む80代の女性は「判決までこんなに時間がかかるとは思わなかった。死刑が妥当かどうかは分からないが、小さな子どもたちが気の毒で仕方がない」と話した。犠牲となった子どもと面識があったという同市の70代女性は「本当にかわいそう」とうつむいた。
土肥被告は起訴された後、心不全などを発症して一時、心肺停止になった。弁護士は「後遺症で事件当時の記憶を失い、裁判を打ち切るべき」と主張していたが、一、二審は死刑を言い渡し、被告側が上告していた。
21日の判決で草野裁判長は、裁判を打ち切るべきとする主張は、上告する理由に当たらないとして、退けた。
最高検察庁は「検察官の主張が認められたもので、妥当な判断であると考える」とコメントした。
■一審弁護士 「肩透かしだった」
一審で土肥被告の弁護人を務めた小沼典彦弁護士は21日、茨城県水戸市内の事務所で、最高裁が上告を棄却する判決を知らされた。小沼弁護士は「本質的な部分には答えていない。本当に審議してほしかった部分が全く回避されてしまった」と苦言を呈した。
一審判決後、小沼弁護士が被告に控訴の意思を尋ねたところ、「最高裁の判断を仰いで死刑判決を聞きたい」と返答したという。被告が事件当時の記憶を失った状態で死刑にできるのか。争点となった訴訟能力の有無について、最高裁は判決で踏み込むことはなかった。
小沼弁護士は「肩透かしだった。答えていないということは答えられないということ。死刑を回避すべき事案だった」と話した。
■成城大・指宿信教授の話 最高裁は説明を
その有無が無罪判決にもなり得る責任能力と違い、訴訟能力は裁判の停止に関わるもの。公判での被告人のコミュニケーション能力欠如については、最高裁が1995年に、耳が聞こえず言葉も話せない被告人の窃盗事件を巡って、「被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態」という基準を示した。その上で事件を高裁に差し戻した。
記憶喪失については、その検討が十分でなかった時代に「記憶喪失は防御活動に影響しない」という最高裁の判断があったのみ。95年の基準が示されて以降、最高裁で記憶喪失と訴訟能力を巡る判断はされていない。
最高裁には、指針を示すことが期待されている。記憶喪失状態が、95年に示した基準に該当するか、該当しないのであればなぜか、最高裁はきちんと説明すべきだった。記憶喪失を理由とする訴訟無能力について、最高裁がはじめての判断を示す機会を見過ごしたのは残念だ。