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茨城新聞俳壇選者・嶋田さん引退 読者と共に成長30年

本紙「茨城文芸」俳壇選者を30年にわたって務めた嶋田麻紀さん=つくば市篠崎
本紙「茨城文芸」俳壇選者を30年にわたって務めた嶋田麻紀さん=つくば市篠崎


茨城新聞の「茨城文芸」俳壇で約30年にわたって選者を務めてきた俳人、嶋田麻紀さん(本名・倉持明子さん)が3月末で、同俳壇の選者を引退する。優しくも厳しい視点で俳句と向き合い、約4万句を添削してきた嶋田さんは「茨城文芸と30年を共にし、作品のレベルが上がってきたのを感じる。読者の方と共に、私も選者として成長させてもらった。時は、あっという間に過ぎてしまった」と振り返った。

■師との出会い

嶋田さんは1944年、茨城県下妻町(現下妻市)生まれ。短歌をたしなむ母の姿を見て育ったため、「575でブツリと切れてしまう俳句は短くて難しいものだと思っていた」と振り返る。

転機となったのは、のちに師となる渡辺水巴門の俳人、菊池麻風との出会い。県立下妻二高を卒業後、大学通学のため都内に住む麻風の家で下宿したことが俳句の道へ進むきっかけだった。俳句関係の蔵書を読んでいくうち、次第に「ブツリと切れ、後は読み手の想像に任せることが次第に格好良く思えてきた」。思いを17音で表現する俳句を「言葉を圧縮し、ばねの反発のように一つの作品が持つ宇宙が広がる」と捉えるようになった。

麻風が68年、俳句雑誌「麻」を創刊する際に、本格的に句作を開始。「麻の歴史をつくりたい」と俳号「麻紀」を名乗り、仕事の傍ら句作を続けていった。

■内容のみ評価

茨城文芸では、93年8月18日から選を担当。県内各地から毎月千句ほど寄せられる俳句に目を通し、月に2回、それぞれ60句を選んできた。

年齢や性別、社会的立場など作者の属性を加味せず、内容だけで評価することを徹底してきた。「評は算数みたいに割り切れるものではない。一つの作品には一つの宇宙があって、同じ土俵で比べるのは難しい。だからこそ続けてこられた」と振り返り、「一句一句その都度さまざまな出合いがあった」とほほ笑む。

投稿作品は日常風景や自然にとどまらず、過去の出来事から未来への願い、哲学的な問いに至るまで「森羅万象が送られてくる」。知らない題材に出合うたびに辞書を引き、自身の知見を深めるきっかけになった。「私の添削で成長してくれたかもしれないが、私も皆さんの投句で成長してきた」とかみしめる。

「茨城新聞ほど豊かにページを割いているところはない。読者の皆さんには、これからもたくさんの句を送ってほしい」とエールを送る。

■80歳を区切り

師の麻風が80歳で亡くなったこともあり、80歳が一つの節目だった。選者として区切りをつけるが、俳人としての活動は継続する。「死の床にあっても口述筆記してもらえる。自分を表現するすべがあるというのが、俳句と出合って一番よかったこと」と話した。

永き日や共に歩みし選句欄 つくば 嶋田 麻紀

嶋田さんは23日付掲載分まで選者を務め、新選者は俳誌「麻」現主宰の松浦敬親さんが担当する。



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