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地域の変化 玩具と共に 鹿嶋「たからや」布施さん 1967年創業 変わらない子の笑顔 茨城

おもちゃでいっぱいの店内に立つ布施忠孝さん=鹿嶋市宮中
おもちゃでいっぱいの店内に立つ布施忠孝さん=鹿嶋市宮中


天井近くまで積み上がった自動車や軍艦のプラモデル、怪獣のフィギュア、カラフルなドールハウス-。鹿島神宮大鳥居に程近い、茨城県鹿嶋市宮中の仲町通りにある玩具店「オモチャのたからや」。店内はどこか昭和の懐かしさを感じさせる雰囲気が漂う。代表の布施忠孝さん(82)は「街のおもちゃ屋さん」として、地域の変化や変わらない子どもたちの笑顔を見続けてきた。

■開港

創業は1967年。家業は牛乳販売店だったが「朝が早くて大変」と自身は別の仕事を模索。当時地域になかったという玩具店を始めようと決めた。

折しも鹿島港開港の直前。関連する工事などのために家族で移住した人たちが多く来店した。「地元の人が1000円分買い物するとしたら、1万円分買っていくような」と開店当初の羽振りの良さを振り返る。

当時ヒットしたおもちゃは任天堂の「ウルトラハンド」。持ち手を動かすとパンタグラフ状のアームが伸び、開閉する先端部で物をつかむ仕掛けで、近隣地域だけでなく「(千葉県の)銚子からも問い合わせがあった」という。

■行列

人気商品の発売日には、子どもたちが行列を作った。80年代に始まったミニ四駆ブームでは、店舗の屋上にコースを設置して大会を開催。にぎやかな歓声が響いた。

83年に登場したファミリーコンピュータ(ファミコン)の印象も強い。「それまで単体で価格が1万円を超えるようなおもちゃはまずなかった」。流行を境に戦隊ものなどヒーローの人形で遊ぶ男の子が少なくなった印象を抱いている。

開発に伴う地域の変化も経験した。かつては付近の商店街を自動車が多く行き交い、海水浴シーズンには店先に並ぶ浮き輪を見て行楽客が立ち寄った。やがて農地が切り開かれ、新しい道路ができると交通量が減少。「道路は必要。でも、道路1本で街は変わる」。周辺には新規開業した店舗の一方で、シャッターを閉めてしまった店舗もある。

■再訪

近年は大人向けの商品が拡大したこともあり、おもちゃが高額になったとも感じている。大人の顧客から注文を受けてカードゲームも仕入れるが、追加生産されたものが入荷できた時は、子どもたちが買えるように店頭に並べている。

時折、常連だった子どもが大人になり、店を再訪することがある。名前を聞くと一気に当時の面影がよみがえり、互いの近況を伝える会話が弾む。子や孫のためにおもちゃを探す姿に「感激するね。来てもらえるだけで本当にうれしい」と顔をほころばせる。

創業から60年近く。子ども同士や親子連れが中心の客層は昭和も令和も同じ。おもちゃを見つめる子どもたちの表情も。「体力の続く限り続けたい」。布施さんはきょうも店頭に立つ。



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