慰霊登山、支え続け 御巣鷹の尾根 管理人・黒沢さん 事故風化懸念、熱意消えず
1985年8月12日、日航ジャンボ機が墜落し乗員乗客520人が犠牲となった群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」。この山で年間150日以上、清掃や整備をしながら慰霊登山者を見守ってきた管理人の男性がいる。事故から40年が経過し、高齢化で慰霊登山に訪れる遺族も少なくなる中、男性は「忘れられてしまうことが心配」と事故の風化を懸念。自身も80代となったが、「遺族のため守り続ける」と熱意は消えない。
「ご苦労さま。気を付けていってらっしゃい」
8月10日、御巣鷹の尾根を訪れると、山の中腹の小屋から登山者を見つけ、元気よく声をかける男性がいた。山の管理人、黒沢完一さん(82)だ。
毎年12日が近づくと、ほぼ毎日山に入り、壊れた場所や歩きにくい所はないか、歩いて確認する。この日は、尾根に続く階段の土砂をスコップや熊手でならし、慰霊登山に訪れた人のため祭壇に線香やライターを補充した。
■心境に変化
電器部品の製造工場を営んでいた黒沢さん。事故後は地元の仲間と山の草刈りに汗を流し、遺族らが慰霊登山に来た際は、麓の追悼施設「慰霊の園」から登山口までバス送迎を手伝っていた。同施設を管理する財団法人から2代目の管理人候補として声がかかり、2006年から務める。
それまでの山は手入れが行き届かず、慰霊碑まで約800メートルの登山道は高低差も激しく、歩くのは一苦労だったという。黒沢さんは滑落防止の手すり、急斜面に立ち並ぶ墓標付近の階段を設置するなど、尾根までの山道を手作業で整備した。
当初、熱心ではなかったが、事故から何年たっても登り続け、手を合わせる遺族の姿を見て「少しでもきれいにし、歩きやすくしようと思った」。以来、年間150日以上、登山道の整備や清掃、慰霊登山者の見守りを続けている。
日航社員や登山者の中には山の整備を手伝う人もおり、「1人で山を守っているわけではない」と周囲の協力に感謝する。
■体続く限り
事故から40年がたつ。黒沢さんは高齢化に伴い、慰霊登山に訪れる遺族が少なくなってきたと感じる。事故を知らない世代も増えてきた。
記憶の風化について「自然のこと」と冷静に捉えつつ、「事故が忘れられてしまうことが心配。霊地を『冷地』にしないためにも、山を訪れてほしい」と願う。
自身も高齢となり、後継者を探しているが、簡単には見つからない。それでも「山を守るのは遺族のため。体が動く限りは続ける」と力を込めた。











