《広角レンズ》納豆包むわらピンチ 手間多い作業 高齢化で担い手減 水戸の老舗、販売一時休止 茨城


わらの香ばしい香りや歯応えが魅力の「わら納豆」。茨城県水戸市を象徴する土産品として長らく愛されてきたが、市内の老舗メーカーが販売を休止する事態に陥った。納豆を包むわらつとに必要な稲わらが確保できないためだ。背景に生産を担うコメ農家の高齢化がある。
「笹沼五郎商店」(水戸市三の丸)は水戸で初めてわら納豆を商品化した老舗。わら加工業者から5月上旬、「あと1回で今年の納品は終わる。新しいわらを確保するまで待ってほしい」と告げられた。このためオンライン販売は9月19日から休止。店頭での販売も在庫限りとなった。
同社の「わらつと納豆」(70グラム入り)は1本270円。一般的なパック納豆に比べて高価だが、年間約15万本売れる主力商品だ。始祖・清左衛門氏が1889年、鉄道開通でにぎわう水戸駅前で販売したのが始まりで、「納豆は水戸」との印象が広まった。
笹沼寛社長(51)は「わら納豆の商いを135年間絶やさなかった。一時的とはいえ、買えない状況は大きなダメージ」と肩を落とす。今秋に刈った稲わらをわらつとに加工できるのは年末年始の見込み。お歳暮や帰省で増す需要に応えられるか不安が募る。
■重労働
わらつとの材料は長さ約80センチの稲わら。束ねて天日干しする作業は重労働だ。古くは農家の副業として県内で広く生産されていたが、1960年代にコンバインが普及すると稲わらは切り刻まれ、長いものはなくなった。
ただ、特殊な器具を付ければコンバインでも真っすぐな状態で稲わらを刈り取り、自動で結束できる。市が2017年に設立した「わら納豆推進協議会」は器具の購入を補助するなどして、年間10~20トンの稲わらを確保、市内の納豆メーカーに回してきた。
だが、天日干しは手作業で稲わらを立たせなければならない。自動で立たせる器具もあるが、精度が悪く寝たままの束が出る。
同協議会長の斉藤政雄さん(74)=同市=は「わらつとに適したわらを集めるのは容易ではない」とこぼす。雨が降ると節が黒ずむため、管理に気を抜けない。トラックから移す作業は「水分が残っていてとても重い。乾きすぎると加工の時に折れるのでビニールハウスを遮光シートで覆う」と手間の多さを指摘する。
稲わらの乾燥や運搬は重労働。高齢化によって生産者は年々減り、現在は県内に数軒残るだけだ。
■絶やさない
市内の納豆メーカー各社は約10年前、農家の生産意欲を高めるため、わらつとの買い取り価格を3倍にした。だが、「本題である体力的な限界は解決できなかった」と笹沼社長。稲刈りが終わった今、笹沼社長は県内外の農家を訪ね、稲わら提供を依頼している。
わら納豆の供給を絶やさぬように、他社も対策を練る。「だるま食品」(同市柳町)は束数の多い商品の生産を休止した。高野友晴社長(53)は「年間を通してわら納豆を届けられるよう苦しい決断だった」と明かす。