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日立紅寒桜 市民の誇り 登録20年 消滅乗り越え育種 茨城

日高交流センターの庭で日立紅寒桜の芽のほころびを確認する長島正吉さん(左)と志賀勝弘さん=日立市日高町
日高交流センターの庭で日立紅寒桜の芽のほころびを確認する長島正吉さん(左)と志賀勝弘さん=日立市日高町
日立市かみね公園に咲く日立紅寒桜(昨年)。2月に見頃を迎える
日立市かみね公園に咲く日立紅寒桜(昨年)。2月に見頃を迎える


茨城県日立市で発見された新種のサクラ「日立紅寒桜」が品種登録されて今年で20年を迎える。一時は原木が枯れて消滅の危機にあったものの、市民団体のメンバーが芽を採取し育てて難を逃れた。2代目となった木の保存と育種を重ね、現在は280本が市内外の公園や学校に植樹された。普及に尽力した関係者は「固有種があるのは誇り」と、今後も樹木の保全に努める考えだ。市は13日、今年も同市宮田町の市かみね公園駐車場などで開花が始まったと発表した。昨年より約3週間早いという。

日立紅寒桜の新種登録までの道のりは、1998年にさかのぼる。市民団体「花樹の会」(2024年12月に解散)などで桜の保存活動をしていた長島正吉さん(89)が、JR小木津駅構内にあった寒桜に目を留めた。いつも見てきた花だが「他の花と何か違う」と気付き、声を上げた。当時の市長の後押しで品種の調査を行い、農水省の職員らが現地入りして新種であることを確認。01年に市民公募により命名された。

ところが列車運行に支障が出るとして移植した原木は枯れてしまった。しかし会のメンバーがあらかじめ桜の芽を採取し、別の木に接ぐ「芽接ぎ」などの方法で苗を保存していた。増殖に成功し、06年8月、新品種登録にこぎ着けた。長島さんは「最初は増殖の仕方が分からず、暗中模索だった。この木がなかったら消滅していた。乗り越えられたのは奇跡」と振り返る。

日立紅寒桜は一重咲きで淡いピンクと紫が混じった色合い。1月中旬から開花が始まる極早咲きで、2月下旬から3月上旬に見頃を迎える。長い期間、花を楽しめるのが特徴という。

市内では春になると、日立鉱山の煙害対策で移植したオオシマザクラが山一面を彩る。戦災復興で駅前の平和通りにはソメイヨシノの並木が連なる。固有種の紅寒桜は「さくらのまち」を掲げる市にとって象徴的な存在になった。積極的に公園や学校に植えられ、広がった。東日本大震災の復興を願い、東北地方の被災県にも贈られた。

東京生まれの長島さんは戦災を経験後、日立に移り住んだ。炭鉱の仕事では幾度も大事故に遭遇しながら生き抜いた。命の尊さを桜の美しさに重ね、感謝の気持ちで苗の寄付や保存活動に打ち込んだという。

紅寒桜の品種登録を機に、市内では小木津駅で別に発見された早咲き桜「おぎつやよい」や交配品種「ひたち雅」を新種登録し、固有種は三つとなった。

「桜は文化も育んできた。風情や文化の良さを伝えたい」と長島さん。共に普及に貢献する市日高学区の市民自治会長、志賀勝弘さん(84)も「次の世代に残すためしっかり育てていきたい」と語る。市さくら課では「古木が増える中、手入れが大事になる。市民と共に保全していければ」と見据えている。



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