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《東日本大震災15年》3.11生まれ中学卒業 下妻の大塚さん 「みんなで私を守ってくれた」 命守り抜いた両親感慨 茨城

卒業式を終え、友人と笑顔で話す大塚摩耶さん(右)=下妻市長塚乙
卒業式を終え、友人と笑顔で話す大塚摩耶さん(右)=下妻市長塚乙


東日本大震災の発生から11日で15年。当時生まれた子どもたちは中学校卒業の節目を迎え、発災の約13時間前に誕生した茨城県下妻市立下妻中3年の大塚摩耶さん(15)も10日、卒業式に臨んだ。震災の混乱の中、守り抜いた両親は「思いやりのある子に育った」などと感慨深げ。摩耶さんは得意な英語をさらに磨き「海外の人たちに震災のことを伝えたい」と夢を描く。

季節外れの雪が降る中で行われた同中の卒業式。卒業生が校舎を出ると、雲間から青空がのぞいた。「周りの人に支えられて、ここまで来られた。卒業できてうれしい」。摩耶さんは晴れやかな表情を見せた。

中学では修学旅行の実行委員や卓球部の副部長を務め、同級生や部員をけん引した。父の雅人さん(47)は「思いやりのある子に育ってくれた」、母の夏子さん(46)は「自分の意思をちゃんと持っている」と一人娘の成長をそれぞれ実感するとともに、摩耶さんが生まれた日のことを思い返した。

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。摩耶さんはその約13時間前、土浦市内の病院で生まれた。

両親の面会中に地震が発生。摩耶さんは看護師に抱えられ、雅人さんは倒れそうになる院内の機材を必死に押さえた。直後は病院の建物の安全が確認できず、「生んだばかりで腰が抜けたような状態」の夏子さんと雅人さんは、摩耶さんを連れて自家用車内に避難。寒さと逃げ場のない中で、他の新生児4人と、帝王切開を終えた点滴中の女性も同乗することになった。

雅人さんは子育ての経験もない中、泣き出す新生児たちをあやしながら余震に堪えた。夏子さんは車に同乗した女性と入院中も支え合い、震災や子育てへの不安を乗り越えた。

摩耶さんは誕生日を迎えるたび、家族から当時の経験を聞いて育った。「みんなで私を守ってくれた。感謝の気持ちでいっぱい」と話す。

文部科学省の学校基本調査によると、本年度の茨城県の中学3年生は2万2691人。東日本大震災の「記憶なき」世代だ。被災者の思いや教訓を未来につなごうと、県内の中学では歴史や地理、道徳などの授業で被害状況や防災の知識を教えてきた。中には校外学習で被災地を訪れたり、教員が自らの体験を伝えたりする学校もある。

記憶なき世代として、「もっと震災について調べたい」と思いを語る摩耶さん。高校では得意な英語の勉強に力を入れ、「地震の少ない海外の人たちにも震災の大変さを伝えたい」。防災意識の大切さを世界に発信する。



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