《東日本大震災15年》教訓継承誓う 北茨城、鎮魂の祈り
2011年の東日本大震災は11日、発生から15年となった。2万2000人以上が犠牲となり、東京電力福島第1原発事故によって今なお約2万3000人が避難生活を余儀なくされている。地震発生時刻の午後2時46分、茨城県内も鎮魂の祈りに包まれた。亡き人に手を合わせ、戦後最悪の自然災害の教訓を継承し、災害から命を守る誓いを新たにした。
震災関連死を含めて10人が死亡し、1人が行方不明になっている同県北茨城市。太平洋に面した五浦岬公園(同市大津町五浦)の展望慰霊塔前で、市の追悼式典が開かれた。午後2時46分、防災行政無線からサイレンが流れ、参列した約80人が1分間の黙とうをささげた。献花台に白菊を手向け、犠牲になった人たちの冥福を祈った。
式典で鵜沼聡副市長が豊田稔市長の式辞を代読。「年月を重ねるほど記憶は薄れていくが、15年を迎えた今こそ、あの日の教訓を次の世代へと着実に継承し、災害に強いまちづくりを進めていく」と誓った。
式後、大津漁業協同組合の鈴木徳穂組合長(78)は行方不明になっている組合員の仲間を思い、「残念としか言いようがない。戻ってきてほしい」と話した。犠牲になった人たちに「安らかに眠ってほしい」と弔意を示した。
当時、避難所の運営や福島県民の受け入れ業務を担った志賀一洋総務部長(59)は「震災の経験を若い世代に引き継いで、防災力を高めていきたい」と述べた。
3人が犠牲になった同市大津地区。市立大津小でも全学年の児童100人が黙とうをささげた。発災時刻に合わせてサイレンが鳴り響く中、児童らは海の方に体を向けて手を合わせた。
渡辺優月さん(12)は東北3県を含め多くの命が失われたことに触れ、「悲しい。命を大切にし、亡くなった人の分まで健康に生きたい」と語った。
茨城県では11年3月11日、最大震度6強を観測。津波などで死者24人、行方不明者1人、災害関連死42人の犠牲者が出た。福島第1原発事故を受け、県内で今なお2156人が避難を余儀なくされている。











