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《東日本大震災15年》父失い、被災の店再建 龍ケ崎・成嶋さん 「先代の思い大事に」 茨城

五月人形を飾り付ける「なるしまバッグ人形店」の成嶋英貴さん=龍ケ崎市
五月人形を飾り付ける「なるしまバッグ人形店」の成嶋英貴さん=龍ケ崎市


3月初旬、茨城県龍ケ崎市の「なるしまバッグ人形店」は、五月人形の飾り付けに追われていた。店内には初節句の人形のほか、ランドセルやビジネスバッグも並ぶ。店主の成嶋英貴(ひでき)さん(53)は「先代の父の頃から、お客さまの人生の節目に関わることを大事にしてきた」と語る。

東日本大震災で店が大規模半壊し、創業者の父、洋三さん=当時(69)=を亡くした。そこから一進一退を繰り返し、父から受け継いだ店を立て直した。「3月11日を迎えるたび、ここが自分のスタートの日だと思う」

あの日、父と店の隣にあった休憩室にいた。午後2時46分、突き上げるような揺れが来た。父の指示で、店内にいた従業員の安否を確かめようと外に出た瞬間、再び大きな揺れに襲われた。コンクリート製の店舗外壁が休憩室に崩れ落ちた。下敷きになった父は約1時間後に助け出されたが、翌日未明、病院で息を引き取った。「何も言葉を交わさず逝ってしまった。悔しかった」

翌月、周囲の励ましや後押しを受け、向かいにあったテナントを借りて営業を再開した。「父が亡くなり、店をやめる選択肢はなかった」と当時を振り返る。1年後、店を建て替えた。

震災と父の死から15年。今なお、父の話を聞くことがある。厳格な人だったが、店で一緒に働く自分のことを「よくやってるよ」と評価してくれていた。再開した店の経営は父が生前に築いた人脈に助けられた。「種をまいてくれていた。何年か後に花を咲かせ、それを自分が見つけてきた」と感じる。

能登半島地震など苦しい記憶がよみがえる出来事が続く。この道で正しいのかと常に模索している。それでも自分にできることは何かと考え続けてきた。顧客の思いに寄り添い、商品のストーリーを伝え、作り手と買い手をつなぐ架け橋を担う。「店に来たら笑顔で帰ってほしい」

震災当時2歳だった長女は高校生になった。妻のおなかにいた長男は中学生。経験から若い世代に伝えたいのは、予期せぬ出来事があっても思考を止めないことだ。「なぜこうなっているのか考えることが身を助ける。誰かを助けることもできる」



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