次の記事:潮干狩り中の男性死亡 茨城・大洗 

日立の栄華、古民家再生 市民と茨城大連携 歴史文化発信拠点に

古民家をリニューアルした「花久邸」。再生で連携する富岡宗魅さん(中央)、一ノ瀬彩さん(左)ら=日立市白銀町
古民家をリニューアルした「花久邸」。再生で連携する富岡宗魅さん(中央)、一ノ瀬彩さん(左)ら=日立市白銀町
旧佐藤呉服店を開放したツアーで来場者に説明する茨城大生(左)=日立市白銀町
旧佐藤呉服店を開放したツアーで来場者に説明する茨城大生(左)=日立市白銀町


鉱山町の商店街として栄えた茨城県日立市白銀町の新町地区で、古民家を再生する市民発の取り組みが進んでいる。市民と大学が連携し、明治、昭和時代の2軒を改装。近くにある旧娯楽施設などと共に、人が集まり、歴史文化を発信する拠点として次世代に継承したい考えだ。日立鉱山の閉山後に人口が減った地域で、若者を巻き込んだ試みが動き出した。

古民家は、新町地区にある「花久邸」と「旧佐藤呉服店」。一般社団法人ひたち風の谷(同所)が再生に取り組む。代表で茶道教室を主宰する富岡宗魅(本名・直美)さん(53)が中心となり、市民や茨城大建築・都市デザイン研究室の一ノ瀬彩講師と学生らが加わる。

新町地区は、ピーク時に50軒ほどの商店が集まっていた。しかし、日立鉱山の閉山後は住民が流出し、多くの商店が移転。当時の面影を残す町屋は2軒のみだ。いずれも伝統的な和風建築で、隣り合って軒を連ねる。

花久邸は、明治末期の建築で戦前までパン屋を営み、中庭や蔵もある。築92年の旧佐藤呉服店は、商家の格式を示す「差鴨居」や書院造りの座敷、建具など貴重な装飾が多い。呉服店、カーテン屋、古物商などと変わってきた痕跡も時代を映す。

富岡さんは、花久亭が解体されるという情報を聞き、「伝統建築を残したい」と周囲の協力を得て2022年12月に建て物を取得。ひたち風の谷を立ち上げ、地域住民や仲間と共に清掃や改装を進めた。24年には一部公開した。旧呉服店については県外に住む家主の協力を取り付け、昨年から再生に着手した。

今年3月1日、ひたち風の谷と茨城大研究室は、イベントで古民家魅力発掘ツアーと称して来場者に2軒を開放した。学生は観察眼と設計技術を生かし、新しい視点で作製した屋内マップを配布。多くの来場者を呼び込んだ。

3年にわたり活動に参画する一ノ瀬さんは、古民家建築は学生にとって生きた教材になるとし、「大工さんの手仕事に触れ、実際に話を聞く体験になる」と指摘。「長く生き続けてきた建築は、地域の歴史の象徴。そのエリアがどんな場所だったか魅力を語れる場になる」と再生の意義を語る。

町内には、娯楽施設だった旧共楽館(日立武道館)があり、国有形文化財に登録され、市民らが歴史を伝える活動に力を入れている。

ひたち風の谷は、古民家を活用し、文化の発信拠点としたい考えだ。茶道を含む衣食住の日本文化を体験できる場や、国際交流の受け入れ、オープンハウスなどを想定している。富岡さんは「歴史を伝える町の原点。共楽館周辺をまちの歴史が感じられる場所にし、人が関われる場を広げていきたい」と意気込んだ。

★日立鉱山

1905(明治38)年に前身の銅山を買収した久原房之助によって創業。主に銅を生産し、81年に閉山するまで日本の近代化と経済発展に貢献した。従業員のために、住居だけでなく学校から病院、鉄道、娯楽施設までを含めたまちづくりを行い、「一山一家」と呼ばれた。銅山の機械部門から日立製作所が生まれた。



最近の記事

茨城の求人情報

https://cpt.geniee.jp/hb/v1/207318/39/instbody.min.js"